『ワイルド・スタイル』&『Nas/タイム・イズ・イルマティック』対談
KGDRが解説する、ヒップホップ名作映画とその影響 Kダブ「『ワイルド・スタイル』には歴史的価値がある」
Kダブ「Nasはヒップホップの正統な継承者という印象だった」
――『Nas/タイム・イズ・イルマティック』は、1994年にリリースされたNasの名盤『illmatic』を巡るドキュメンタリーで、こちらもヒップホップ史を語るうえで重要な映画といえそうです。
Zeebra:とにかく『ワイルド・スタイル』は、80年代から90年代にかけて自分たちにとってはバイブル的な存在だったんですが、Nasに関しては「同世代の中にとんでもない才能の人間が現れた」と評判でした。
Kダブ:『illmatic』がリリースされた頃、ちょうど自分たち3人はアルバム作成のためにオークランドにいて、ヒップホップの正統な継承者が現れたという印象を受けた。Nasのラッパーとしての才能を開花させたのは、ラージ・プロフェッサーというプロデューサーで、彼はほかにも様々なプロデューサーを紹介したらしく、いわばNasにとっての恩人のような存在だそう。Nasは高1くらいの年齢で学校を中退しているんだけど、ラージ・プロフェッサーが学校に彼を迎えに行き、そのままスタジオでデモテープを作ったといわれています。ほかのミュージシャンのアルバムを製作する空き時間を利用して86~87年頃からデモを作りはじめたんですが、まだNASも年齢が若かったので、デモ製作に飽きてスタジオに来なかった時期もありました。そんな紆余曲折を経て、ようやくアルバムをリリースするところまで来たんですが、一時期は「自分はこのままアルバムを出せずに終わるのかも」と心配になったこともあったようです。
Zeebra:10代の頃って本当に何が起こるかわからないから、大変だっただろうね。
Kダブ:大変だよね。ただ、Nasはデモテープを作っていた頃から、ある程度の評判を得ていたそうで。
――当時からNasの存在を意識していたということですが、ラップのスタイルなどで影響を受けた部分はありますか。
Kダブ:当時のニューヨークのヒップホップのトレンドは、すでに『ワイルド・スタイル』の時とは異なり、シリアスな作品が主流だったので、自分たちもそのトレンドを受け継いでいた。ラップにしてもリリカルな表現にこだわっていた時期でもあったので、そういった部分で共通点はあるかも。でも、直接影響を受けたという感じではない。
DJ OASIS:自分たちもヒップホップをやり始めた時期でもあったので。
Zeebra:Nasをアイドル視したことはないですね。年齢も自分たちとほぼ同じくらいですし。
Kダブ:LL・クール・Jあたりまではアイドル視していたけれど、それ以降に活躍した人たちは同世代という感覚が強いかな。たしかにセンスの良さは認めていたけれど、その時は憧れの存在というわけではなかった。
Zeebra:違いを感じたのは、アメリカでは10代でデビューできるけれど、日本ではそれは難しいというくらいで。たとえば、彼に挨拶するために廊下で待つなどということはしなかったです。
DJ OASIS「『ワイルド・スタイル』の再リリースは、ヒップホップが定着した証拠」
――『ワイルド・スタイル』に話を戻したいと思います。KGDRとして活動するうえで、文化的な側面で影響を受けた部分を教えてください。
Zeebra:自分の場合は本当に何度も観ているので、ほとんど無意識にまでその世界観が浸透していると思います。たとえば映画内で、主人公が裏通りでいきなりホールドアップされるシーンがありますが、そういう緊張感も含めてヒップホップというか。戦闘的なイメージではないヒップホップももちろん存在しますが、アメリカのメロウなヒップホップだって、日本におけるそれと比べれば、格段にマッチョだと思います。つまり、弱い存在では普通にさえ生きていけないアメリカで、ギリギリのラインをキープしながら、彼らはインテリジェントなラップをしているという印象ですね。
Kダブ:当時のブロックパーティなどは、まわりの人間から目立ってリスペクトされるような存在でなければ、マイクを握ることはできなかったみたいで、そういう意味では勝ち上がってきた地元の人間たちの集まりでした。
Zeebra:自分の存在の強さを証明しなければいけなくて、しかもそれを証明することで、ぶっ飛ばされるならまだしも、最悪は殺されてしまうかもしれない。そういうヒリヒリした側面もヒップホップにはあると思います。
Kダブ:自分たちのヒップホップにも、そういう意味で『ワイルド・スタイル』の潜在的なエッセンスは込められてはいますが、オリジナルのものではなく、自分たちでフィルターをかけてアレンジしたものだと思います。
――なるほど、やはり根底にはバトルの精神があるのですね。そうした姿勢の中で、先ほどNasについては、同世代のためフラットな視点で捉えていたと仰っていました。文化的なところでいうと、日本のヒップホップシーンでも、アメリカのようにフラットな関係性――たとえば年上でもあまり敬語を使わないといった風習があるように思いますが、その辺りはどう捉えていますか。
Kダブ:音楽の世界においては、スポーツにおける上下関係のようなものがないほうが、より良い意思の疎通ができると思うし、瞬間的に指図しなければいけないような場面では、相手が自分より上の立場であるという意識があると遠慮して言い辛くなってしまい、グループの活動内容や曲作りのレベルが落ちてしまうという、自分なりの哲学があります。だからKGDRの活動を始めるときには、そういう上下関係はあまり厳しくない方針でやろうと提案しました。でも、自分は体育会系の感覚が染み付いているので、年上にはきちんとした態度になりますね。
Zeebra:自分だって、はじめはきちんとした上下関係を心がけてはいるんですよ。でも、だんだんとタメ口が普通になってしまう後輩、というタイプですね。(一同笑)
Kダブ:昨日までは「さん」付けだったのに、今日になったらいきなり「くん」付けになるような。
Zeebra:たぶん4~5歳上くらいまでは、そういうことが通用するのかなと。でもヒップホップシーンに入ると、たしかにそういうこともあまり気にしなくなる。
Kダブ:相手のキャラクターも関係しますね。普通に「くん」付けできる人もいれば、到底できない人もいるし。DJ KRUSHさんに、「KRUSHくん」とは言えないもん(笑)。
Zeebra:でも、ユタカくん(DJ YUTAKA)にはいえるよね。年上なのに年下のようなイメージがあるし、彼の場合はアメリカでの生活も長かったし、付き合いもすごく長いから。1学年だけの差なら先輩、後輩の意識があるけれど、3~4歳も違うと弟のような感覚で甘え口調になってしまい、そこから段々とタメ口になってしまうという。(一同笑)
Kダブ:日本人には敬語を使うことが美しいものであるという感情があるので、相手を敬うような話し方をしたいという意識もあるものの、その一方でざっくばらんな口調で話もしたいというときもあるし。日本でフラットな感覚を持つのは難しいですね。
Zeebra:いずれにしても大切なのは、根底で相手に対してリスペクトしているという感情があるかどうかということで、リスペクトの意識がないのに敬語を使ってペコペコした態度をとられるのも嫌です。
――アメリカのそうした感覚は、臨機応変に取り入れているということですね。では最後に、『ワイルド・スタイル』が発表されて30数年が経過し、その後、90年代にはNasとほぼ時を同じくしてキングギドラが世に出たわけですが、当時から比べて日本のヒップホップシーンはどう進化したと思いますか。
Kダブ:自分が思うには、日本の場合はひとつの文化が流入されて、それがある程度、世の中に浸透するのに20年くらいはかかるのではないでしょうか。ZOOではじまった日本のヒップホップダンスも、EXILEの登場の頃から一気に浸透してきたと思うし。自分たちがデビューした1995年には、他のヒップホップのグループもデビューした、いわばビッグバンのようなタイミングで、それから今年でちょうど20年目になります。自分たちも20周年記念アルバムを発売したし、若手のラッパーも増えてきていて、今まさに、ヒップホップの世界の広がりが実感できています。
Zeebra:これが10年前や20年前だったら、KOHHみたいなアーティストがメディアに取り上げられることもなかったし。以前はヒップホップアーティストが、もうひとつ上のメディアで紹介してもらおうとしたら、そのメディア向けの何かをしなければいけなかったけれど、今はその必要もなくなった。そういう意味では本当に良い時代になったのではないかと思います。
DJ OASIS:ヒップホップシーンの世界は本当に大きくなったと思うけれど、それに伴い、良い部分も悪い部分も両方増えているとも思う。上辺だけの作品が増えたりね。でも、『ワイルド・スタイル』が再リリースされること自体が、ヒップホップが定着して大きくなっているという証拠で、そういうことができているうちはまだまだシーンは大丈夫なんじゃないかな。
Zeebra:そうそう。『ワイルド・スタイル』なんて知らないよ、ということになってしまったら問題だと思いますが。
Kダブ:映画関係者たちが、ヒップホップ関連の映画をもっと上映したがっているということも、昔ではなかったことだし、以前からヒップホップを聴いていた人たちが、いろいろな業界の重要なポジションにつき始めているということも、自分たちにとって心強く感じられますね。
DJ OASIS:10年前や20年前では、ヒップホップを好んで聴いている人たちはせいぜい30歳くらいまでのひとたちだったと思いますが、今では50歳以上のひとたちにまでフィールドが広がっています。ブルーノートやビルボードのようなライブ会場でもイベントがありますし、ヒップホップは単に若者のためだけの音楽ではなくなりました。
Kダブ:『ワイルド・スタイル』を観て、『Nas/タイム・イズ・イルマティック』を観て、さらに僕ら3人が作ったファーストアルバム『空からの力』を聴くと、アメリカのヒップホップが日本に上陸する過程がイメージしやすいと思います。歴史を踏まえると、いまのヒップホップシーンもより奥深く楽しめると思うので、ぜひ色んなひとに観て聴いてほしいですね。
(取材・文=松田広宣/写真提供=TCエンタテインメント)
■作品情報
『ワイルド・スタイル HDニューマスター 30周年記念スペシャル・エディション』
発売中
時間:82分
出演:リー・ジョージ・キュノネス、ファブ・ファイブ・フレディ(フレッド・ブラズウェイト)、サンドラ・ピンク・ファーバラ、パティ・アスター、グランドマスター・フラッシュ、ビジー・ビー、コールド・クラッシュ・ブラザーズ、ラメルジー、ロック・ステディ・クルー
監督・製作・脚本:チャーリー・エーハン
音楽:ファブ・ファイブ・フレディ(フレッド・ブラズウェイト)クリス・スタイン
撮影:クライブ・デヴィッドソン
『Nas/タイム・イズ・イルマティック』
発売中
時間:145分
出演:Nas、DJプレミア、ラージ・プロフェッサー、ピート・ロック、Qティップ
監督: One9
『空からの力』
発売中
レーベル:Pヴァイン・レコード
収録時間:74分