連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2026年8月のベスト国内ミステリ小説

 今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。

 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は八月刊の作品から。

千街晶之の一冊:月村了衛『機龍警察 漆黒社会』(早川書房)

 二〇一〇年から始まった月村了衛の「機龍警察」シリーズは、ここ十数年の国産ミステリを代表する名シリーズにまで成長したが、新刊『機龍警察 漆黒社会』で第一部完結を迎えた。複雑に絡み合う謀略、政官財界に巣喰う〈敵〉と警視庁特捜部の対決、魅力的な敵役・關剣平の壮絶な経歴、クライマックスのバトルの大迫力……と読みどころに事欠かない一冊だが、シリーズの読者にとって衝撃的なのはあるキャラクターが迎える運命だ。フィクションの形式を借りてこの現実世界と斬り結ぶ挑戦として、私はこのシリーズを今後も支持し続けるだろう。

梅原いずみの一冊:月村了衛『機龍警察 漆黒社会』(早川書房)

 近年の月村了衛は、現実とフィクションを絡ませる技巧に磨きがかかっている。その技を最大限に発揮し現代の地獄を描いたのが、〈機龍警察〉シリーズ最新刊にして第1部完結編の本書だ。今作で特捜部のメンバーが直面するのは、国際人身取引という邪悪そのもの。昨今の国内外の情勢を反映しつつ、進行形の事案と香港黒社会のある人物の過去が語られる。終盤の衝撃はシリーズの中でも屈指。作中に「地獄はこの世にある」という言葉が出てくるが、他ならぬ私たち自身が今まさに、その地獄への道を丁寧につくっているのだと突き付けられる。

若林踏の一冊:辻堂ゆめ『残火』(東京創元社)

 加害者遺族と被害者遺族。この厄介で単純に割り切れない問題に真正面から向き合い、かつ謎解きミステリとしての卓越したアイディアを盛り込んだのが本書である。登場人物たちが危機的な状況に追い込まれるスリラーの要素と、容疑者と対峙しながら刑事が必死に捜査を行う警察小説の要素を巧みに組み合わせて読者を引き付けるのが上手い。手がかりの隠し方も絶妙で、「ここに書かれていたとは」と大いに感嘆した。作者の出世作というべき『トリカゴ』の続編だが、本格謎解き小説としての完成度は本書の方が数段上。大きな飛躍を感じた。

酒井貞道の一冊:黒川博行『流砂』(新潮社)

 匿名型流動犯罪(トクリュウ)を扱いながらも、一筋縄では行かない作品だ。一人称の主人公はトクリュウ内部で金を盗むために連続殺人を実行、元締めのヤクザはその不審な動きを察知して調査を始める。そして刑事たちは、彼らに遅れをとりつつ、徐々に核心に迫る。端役に至るまで活き活きした登場人物の言動それ自体が読みどころだ。そして終盤、プロット全体を破壊せんばかりの衝撃的な出来事が起きる。犯罪はグダグダとなり、物語としては一旦破綻する。でもこれがめちゃくちゃ楽しいのである。黒川博行にしか書き得ない作品だ。

藤田香織の一冊:伏尾美紀『誰何』(小学館)

 昨年、『百年の時効』で大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞の3冠を獲得し、各種年間ベスト関連でも話題になった作家の新刊だ。東京都内で孤独死した女性宅と北海道の石狩市で発生したひき逃げ事件の被害者宅から、同じ人物の名刺が発見される。が、そこに名を記された新内由紀は、どちらにも覚えがなかった。元道警刑事の新内と、彼の後輩でもありひき逃げ事件の捜査にあたる砂本修二が謎を追う展開なのだが真相もさることながら新内と砂本の人物造形に唸る。警察小説としてだけでなく「生活小説」の巧さにも注目されたい。

杉江松恋の一冊:辻堂ゆめ『残火』(東京創元社)

 『トリカゴ』(創元推理文庫)が過去の最高作だったのだが、続篇に当たる本作で記録を塗り替えた。犯罪被害者と加害者の家族にもそれぞれの人生があるが、事件のために狂わされてしまう。その問題を基礎に置いた小説だが決して説教臭くならないのは、巻き込まれ方スリラーと警察捜査小説のプロットを同時進行させるという構図が物語に速度と緊迫感を与えているからで、第一級の娯楽小説になっている。しかも、この上ない逆転劇の快感があり、どんなに注意していても作者の策略には嵌められてしまうと思う。辻堂ゆめ、どこまで成長するのか。

 ベテラン作家の勝負作が目白押しになった月でした。その中で旧成長株の伏尾美紀が存在感を示したのも印象的です。「このミス」年度の終わりに向けてまだまだ良作が出るでしょうから油断ができませんね。

※橋本輝幸さんは今月おやすみです。

■書誌情報
『道玄坂上ミステリ監視塔』
著者:梅原いずみ、酒井貞道、千街晶之、藤田香織、若林踏、杉江松恋
価格:2,700円+税
発売日:2026年4月5日
出版社:blueprint

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