【連載】嵯峨景子のライト文芸新刊レビュー

10年越しに書籍化した「なろう」人気作とは? 書評家・嵯峨景子が今読むべきライト文芸5冊を紹介

 『少女小説を知るための100冊』や『少女小説とSF』などの著作で知られる書評家の嵯峨景子が、近作の中から今読むべき注目のライト文芸をピックアップしてご紹介する連載企画。今回は長年書籍化されていなかった「小説家になろう」の伝説作から2026年ベスト級の中華エンタメ小説まで、5タイトルをセレクト。

森きいこ『血道』(新潮文庫nex)

 note主催の創作大賞で新潮文庫nex賞を受賞した、注目のホラー小説。

 大学生の中野新苗は、図書館で知り合った大山光里と恋人関係になるが、ある日を境に急に彼と連絡が取れなくなってしまう。心配する新苗の前に、光里の姉が現れる。東北地方の旧家に生まれた彼女たち姉弟は、祖母亡き後に跡目をめぐるトラブルを抱えているのだという。だが、光里の姉を名乗っていた人物の正体は恐ろしい怪異で、接触した新苗は行方不明になってしまう。一方、一時的に身を隠していただけだった光里は、新苗が消息を絶ったことを知り、失踪の原因が代々家に伝わる祟りであると考える。そこで、怪異を見る力を持つ先輩の遠山香菜子と、彼女の兄で探偵事務所を営む樹音に助けを求めた。調査を進める中で、「血道」と呼ばれる大山家のしがらみと、古くから続く恐ろしい因習が明らかになるのだが……。

 探偵役として活躍する遠山兄妹の造型がとりわけ印象深く、兄は精神医学をベースにした科学的な知見から大山家の呪いにアプローチし、妹は特殊能力を生かして怪異に真正面から立ち向かう。それぞれの特技を生かした連携プレイが鮮やかで、二人がみせる強い絆にも心を揺さぶられた。逃げられない女たちの苦しみや怨念、衝撃のラストも含めて、残酷な描写の数々はおぞましくも美しい。インパクト大な血まみれカバーを含めて、忘れがたい余韻を残す一冊である。

雨咲はな『リライト・ライト・ラスト・トライ1』(ヒーロー文庫)

 『リライト・ライト・ラスト・トライ』は、2015年に「小説家になろう」で連載が始まったタイムリープファンタジー。長年ファンに支持されながらもなぜか書籍化されてこなかった伝説の小説が、満を持してヒーロー文庫から刊行された。

 高校生の希美は突如異世界のニーヴァ国に召喚され、神の使いである神獣の守護人だと告げられるも、神獣は希美に会おうとしない。周囲の人々も冷たい態度を取る中で、護衛官の少年トウイだけは彼女を気遣って優しく接してくれた。やがて希美は間違いとして処分されることになり、彼女を庇ったトウイは矢に射抜かれて命を落とす。絶望する希美の前に神獣が現れ、トウイを100日間生き延びさせれば希美を元の世界に帰してやるという、悪趣味な取引を持ちかけた。一人の少年を救うために希美は幾度も時間を巻き戻し、絶望的な結末に繰り返し打ちめされつつも、諦めることなく孤独な挑戦を続けていくのである。

 人間をゲームのコマ扱いする神獣を筆頭に、希美を取り巻く状況はひたすら厳しく、希望をへし折るような残酷な展開がこれでもかと続く。それでも折れない希美の強さがまぶしく、また彼女の原動力であるトウイが遺した言葉がより一層切なく胸に突き刺さる。ループするたびに世界の設定が少しずつ変わる中で、トウイを助ける手がかりを探す希美の過酷かつスリリングな戦いを最後まで見届けたい。

天川栄人『東京おしゃれ魔ありす』(小学館)

 日本児童文芸家協会賞を受賞するなど、近年活躍の場を広げている気鋭の作家・天川栄人が贈る令和の魔女ファンタジー。

 見習い魔女のありすは修業とダサいことが嫌いでファッションが大好きな女の子。おしゃれのことで頭がいっぱいなありすは、東京魔女局からの援助を打ち切られそうになっており、査定を上げるためにしぶしぶ依頼人の願いを叶える修行に取り組んでいる。さまざまな悩みを抱えた若者がありすの元を訪れるが、彼女はやる気のない態度で接し、AI使い魔の黒猫バトラーを困らせるのだった。

 令和に生きる魔女たちは二次元バーコード経由で依頼を受け付け、AI使い魔や魔導書アプリを駆使し、もちろん選挙にも行くなど、我々の中にあるステレオタイプな魔女像を軽やかに打ち壊してみせる。魔女の超自然的な力と現代のテクノロジーが融合した世界観がユニークで、ポップかつキュートなストーリーの中に、ビターな人間ドラマが溶け込んでいるのも本作の大きな魅力だ。幼馴染から家来のように使われている少女や、異性とうまく話せないオタク少年、K-POPアイドルの顔に憧れる子や筋トレマニアなどが、ありすの魔法を通じて自分自身を見つめ直し、新しい一歩を踏み出していく。当初は頼りなく思えるありすだが、揺るぎないスタイルと信念を持つ姿や、彼女特有のやり方で人助けをしようと奮闘する様に、いつしか心を奪われるだろう。

野沢きみ『宝石のこえ』(講談社)

 第20回小説現代長編新人賞を受賞した著者のデビュー作。

 〈わたし〉が中学二年生のとき、突然地球に宇宙人が現れた。音声を使ったコミュニケーションを行わない宇宙人は、人間の声を聞くと宝石のような美しい結晶を吐き出す習性を持つ。退屈で最低な街に育ち、母親とも折り合いが悪いわたしは、宇宙人の店で働くことを担保にした奨学金に合格して故郷を脱出した。仕事の内容は、宇宙人の前で本を朗読し、吐き出される色とりどりの宝石を回収すること。夢だった都会に暮らし、予備校で出会った了一とも付き合い始めるが、捨ててきた故郷やかつて関わりあった人たちの思い出を、なぜか恋人に語ることができない。困惑するわたしは、いつしか宇宙人を相手に自らの過去を語り出すのだった。

 物語は現在の時間軸と、宇宙人に打ち明ける過去パートを行き来しながら進む。淡々と語られる少女の記憶には孤独と痛みが滲み、物悲しくも美しい言の葉の数々が読者の心に静かに降り積もる。結末を含めて、誰もが絶賛する物語ではないかもしれない。けれども私のように、この寂寥感あふれた世界に囚われ、抜け出せなくなってしまう読者も少なくないはずだ。密やかで切ないきらめきに満ちたこの物語が、内なる孤独を抱えた人の心に光を照らしてくれることを願ってやまない。

千葉ともこ『煬帝と少年』(双葉社)

 中華時代小説の新鋭として注目を集める千葉ともこ。最新作では、中国史を代表する暴君として悪名を轟かせる隋の2代皇帝・煬帝の姿を、彼に仕える少年の目線から綴る。

 身体に翼の形の痣をもつ人は「翼星」と呼ばれ、よい天子に仕えれば福をもたらし、暴君であれば君主を滅ぼすと言い伝えられている。足に翼の形の痣がある少年・翼は、わずか8歳ながらたぐいまれな美声と美貌でその名を揚州に轟かせていた。ある時、翼は隋の皇太子の使者を名乗る男に呼ばれ、育ての母親の護秋や血の繋がらない姉たちともに京師へと向かう。しかし翼ら一行は、皇太子の座を兄から奪おうと目論む楊広の計画に利用されてしまった。大切な家族を危険な目に遭わせた楊広を憎む翼は、いつか寝首を掻いてやると復讐の機会を伺いながら、皇帝となった楊広に仕えていく。だが楊広の本当の姿や秘めた思いに触れるなかで、彼に福をもたらす翼星になりたいと願うようになるのだが……。

 史実をベースに翼星という独自の存在を設定することで、これまでにない斬新な煬帝像を打ち出した本作。圧倒的なスケールで展開する歴史要素と、多面的な顔をみせるキャラクターの造型が素晴らしく、ヒストリカル好きや愛憎入り乱れる主従関係が好きにはたまらない世界が広がっている。翼を京師に呼んだ本当の黒幕は誰なのか、そして翼と楊広の命運は――。自分的2026年のベスト10作にランクイン間違いなしの、至高の中華エンタメ小説だ。

関連記事