桜庭一樹 × 斜線堂有紀『そうだ、君を憎めばいいんだ』刊行記念スペシャルトーク「感想戦」開催
桜庭一樹と斜線堂有紀という2人の人気作家が、同じ「7つの条件」を守りながら短編を執筆する〈マッチング競作〉が1冊の本にまとまり、『そうだ、君を憎めばいいんだ 愛と殺意と七つの条件』(河出書房新社)として刊行された。6月7日にはジュンク堂書店 池袋本店に著者の2人が登壇し、「感想戦」と題して〈マッチング競作〉に至った経緯や競作する楽しさ、競作から得られたことなどについて、集まったファンに語った。
「桜庭先生との共作だから生半可なものは書けないと思って、自分の人生を切り売りしてでも自分の血の通った物語を書こうと思いました」と斜線堂が言って、作家として大先輩にあたる桜庭との競作に姿勢を正して取り組んだことを明かせば、桜庭は桜庭で、「普段は長編が多いのですが、短編の仕事を増やしたいと思っていた時期だったので、斜線堂さんの短編を読みなおしたりして短編の書き方を一から勉強し直したいという思いもありました」と言って、競作が自身にもたらした影響を振り返る。
『そうだ、君を憎めばいいんだ』は、桜庭と斜線堂が話し合いながら決めた7つの条件を使って、それぞれが短編を執筆して同時に発表するという試みだ。「文藝」の2024年夏季号で「世界はマッチングで廻っている」という特集が組まれた際、小説でのマッチングが企画され、執筆者に挙がった桜庭が斜線堂の文章を読み、文庫解説も手がけ、斜線堂も桜庭の新刊の帯推薦文を書いていたことから編集部が競作を提案した。斜線堂は、「釣り合っていないから直木賞を取ってから回してくれないかと思いましたが、この機会を逃したらもうないとも思って」引き受けた。
そして書かれた短編が、「桜が咲いた日、七つの条件」に従った桜庭の「かわいそうに、魂が小さいね」と、斜線堂の「その春に用がある」だ。条件にはキーワードとして「全員殺す」という物騒なものがあったり、セリフとして「AIのお導きですね」というものがあったりして、どのように選ばれたのか興味を誘われる。トークイベントでは、このうち「AIのお導きですね」というキーワードの由来も語られた。曰く、斜線堂が参加した結婚式で「マッチングアプリで出会った二人が『AIのお導きで2人は出会って』と紹介されていたことから、この印象深い言葉をキーワードとして挙げたのだという。
今時の愛の育まれ方を象徴的に表した言葉とも言えそう。条件には「愛の定義」というキーワードもあって、桜庭は、「ドラマチックな運命の出会いをした2人ではなく、マッチング的に理性的に相手を選んでこの人とやっていくと決めた後で、共存できるようにお互いにする努力こそが、新しい時代の愛の定義ではないかと考えつつ」自分の作品を執筆した。
「一方的に愛したり推したりだけできる人や、人生で手一杯で誰かを愛することは避けたい人など、多様な愛を描きたかった」と桜庭。同じ条件を2人がどのように解釈してどのような短編を書いたのかがうかがい知れるトークだった。
この1編で、斜線堂は「大分疲弊して満身創痍になりました」とのことだったが、一方で「形に残せて嬉しい気持ちがあった」(斜線堂)とのこと。次に「文藝」2024年冬号で特集「ゲームをせんとや生まれけむ」が組まれた時に、「『ゲームオーバー』から始まる七つの条件」に従った2度目の競作に挑むことになった。
桜庭は、「日本で流行っていた『8番出口』や中国で流行っていたネットミーム『亡妻回想録』を元にしたゲームを作りました」、斜線堂は「バリバリカードゲームをやっていた時に許せなかったものを全部ノートに書き出していて、それを全部出そうって思って書いたものです」と、それぞれの作品の着想について説明。ここから、斜線堂が寄せた「場外戦」という作品から漂う、マイノリティが上に認められるためにマスコットのような振る舞いをしなくてはいけない状況について桜庭が言及し、「個人的な経験から普遍的なことが書かれていて、読むとみんな自分の経験についてたくさん話したくなる小説だと思います」と評価した。
「場外戦」を書いた斜線堂は、決して後味の良い終わり方をしない作品となっていることから、「フィクションなら救ってくれたら良いのにという感想をもらって悩みました。桜庭先生にも傷を傷としてだけ書いて意味があるのかと、答えづらい質問をしてしまいました」と「場外戦」執筆時のことを振り返っていた。桜庭は、「現実で解決してないことを物語の中だけでスカッと解決したら読んで気持ちいいけれど、その後解決してない現実の中に戻されていくことを考えると、ハッピーエンドにすることが許されるのだろうかと思う場合もあります」と発言。作家が作品と向き合う時に、実に奥深いところまで考えているのが分かるやりとりだった。
この後も、「『自称犯人』からはじまる七つの条件」に即した2つの短編や、「斜光のさす場所、七つの条件」に即した2つの短編について語り合った2人。会場からの質問も受け付けて、続きを書いてみたい作品があるかといった問いには、斜線堂が「『場外戦』セカンドですね。ルミリエ・ゼロディアス・ネメシスドラゴンの次のプロモカードが語るものを書きたい。破滅がテーマでしたが、小瀬百華の人生は別に終わっていないので」と、衝撃的な終わり方をした短編の続きに期待を抱かせた。
桜庭は、「『怪物のまま生きていく』は倍の長さで書いたものを短くしたので、長編に出てくるようなサイドストーリーもありそうなサブキャラが多いんです」と話して、続編なり長編化といったものへの可能性を示した。斜線堂からは、「10年後も競作をやりたい。それこそ同じ条件でやってみたい」と言い、これには桜庭も「面白いですね」と同意していた。それぞれが10年後にどのような作家になっているかも含めて、楽しめそうな企画だけに実現して欲しいところだ。
『そうだ、君を憎めばいいんだ』から少し離れた質問で、これからやってみたいことを聞かれた桜庭は、漢詩を通じて交流があり、謡の稽古も付けてもらっている能楽師の安田登が各地を移住する暮らしを始めたことに影響され、「自分も住む場所を1ヵ月ごとに変えるようなことをやってみたいと思っています」と答えた。斜線堂は「自分の体の中を3Dスキャンして心臓の3Dモデルを作りたい」と意外なプランを紹介。実現すれば、どこかで「斜線堂有紀の心臓」を目にする機会があるかもしれない。
■書誌情報
『そうだ、君を憎めばいいんだ』
著者:桜庭一樹、斜線堂有紀
価格:1,980円
発売日:2026年5月20日
出版社:河出書房新社