『キングダム』や『三国志』の時代、人々はどんな恋愛や食生活をしていた? 『古代中国の24時間』を読む
歴史の主役は、常に戦場を駆ける英雄や玉座に座る権力者たちだった。しかし彼らが歴史を動かしていたその瞬間、人々は何を食べ、どんな家に住み、誰に恋をし、どのような悩みを抱えていたのだろうか。教科書や歴史書では十分に描かれず、史料にも断片的にしか残らない人々の日常に光を当てる。柿沼陽平による『古代中国の24時間 秦漢時代の衣食住から性愛まで』(中公新書)は、そんな試みの成果が詰まった一冊である。
本書が舞台とするのは、始皇帝や項羽と劉邦、武帝らが活躍した秦漢時代の中国だ。著者は膨大な文献史料や出土資料を読み解きながら、名もなき人々が送った一日の姿を再構成していく。そこには政治史や戦争史だけを追っていては決して見えてこない、生身の人間たちの息遣いがある。
歴史というと、どうしても皇帝や英雄たちの物語に目が向きがちだ。しかし彼らもまた、人々の日常の上に成り立つ社会の一員だった。本書は、歴史の背景として扱われてきた日常そのものを主役に据えることで、古代中国をまったく異なる角度から見せてくれる。
フィクションの世界を支える「生活のリアル」
『キングダム』や『三国志』、『薬屋のひとりごと』など、古代中国を題材にした作品は数多い。こうした作品の魅力は、英雄たちの活躍や壮大な政治劇だけではない。その世界で人々がどのように暮らしていたのかという「生活のリアリティ」が、物語に厚みを与えている。
本書を読むと、古代中国の人々もまた、我々と同じように恋愛に胸をときめかせ、失恋に傷つき、酒に酔って失敗し、家庭内の人間関係に頭を悩ませていたことが見えてくる。魅力的な男性が街を通れば女性たちが熱狂し、恋愛をめぐる歌が詠まれ、ときには社会規範に背いてまで愛を貫こうとする者もいた。
一方で、儒教的な価値観が強く浸透した社会では、男女の接触に厳しい規範も存在した。そうした建前と現実のせめぎ合いは、現代社会における恋愛や結婚をめぐる葛藤ともどこか重なって見える。歴史上の人物が活躍する物語の背景には、こうした無数の人々の生活が広がっていた。本書が提示する日常のディテールは、フィクションの世界をより立体的に感じさせてくれるだろう。
「遠い異国」ではなく、「同じ人間」がいた世界
本書の面白さは、古代中国を単なる異文化として描かない点にもある。もちろん、二千年前の世界には現代人の感覚からすると理解しがたい風習も少なくない。衛生観念や社会制度、家族観には大きな違いがあり、時にその価値観は驚くほど独特に映る。
しかし、その一方で、現代と驚くほど似通った光景も数多く登場する。人々は酒を飲み、酔い潰れ、失敗する。口臭を気にする者もいれば、恋愛に夢中になる者もいる。家庭内では夫婦関係や嫁姑問題に悩み、思い通りにならない人間関係に頭を抱える。歴史の教科書に登場する「古代人」はどこか記号的な存在として語られがちだが、本書の中で描かれる彼らは驚くほど人間臭い。
歴史を学ぶとき、我々はしばしば過去の人々を「自分たちとは異なる存在」として見てしまう。しかし本書を読むと、彼らもまた我々と同じように笑い、悩み、失敗しながら生きていたことが実感できる。
日常の中にこそ歴史は宿る
歴史とは、国家の興亡や戦争だけで成り立っているわけではない。むしろ、その時代を生きた無数の人々の日常が積み重なった結果として歴史は形づくられていく。
本書が描くのは、まさにその「積み重ね」の世界である。そこには英雄の武勇伝も、王朝の興亡もない。しかし、だからこそ見えてくるものがある。不倫に悩む人がいる。家族との関係に苦しむ人がいる。恋愛に一喜一憂する人がいる。こうした取るに足らないように見える出来事こそが、多くの人々にとっては人生の中心だったはずだ。
杉浦日向子が『一日江戸人』で江戸の息遣いを鮮やかによみがえらせたように、柿沼陽平の『古代中国の24時間』もまた、遠い時代に生きた人々の体温を伝えてくれる。英雄たちの物語を楽しむだけでなく、その背後で営まれていた日常にも目を向けてみる。そこには、現代を生きる我々自身の姿と重なる「人間の歴史」が確かに存在している。
■書誌情報
『古代中国の24時間 秦漢時代の衣食住から性愛まで』
著者:柿沼陽平
価格:1,056円
発売日:2021年11月18日
出版社:中央公論新社
レーベル:中公新書