連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2026年1月のベスト国内ミステリ小説
今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。
事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は一月刊の作品から。
千街晶之の一冊:犬丸幸平『最後の皇帝と謎解きを』(宝島社)
清朝最後の皇帝・愛新覚羅溥儀と聞くと、ジョン・ローンの顔や坂本龍一のテーマ曲が脳内に浮かんでくるというそこの貴方にお薦めなのが、犬丸幸平の『最後の皇帝と謎解きを』。清朝廃止後の一九二〇年、日本人絵師の一条は退位後の溥儀から水墨画の師として招かれた。その裏には、復位を目論む溥儀の秘密計画が……。凄惨な殺人から、先帝が描いた龍の絵に目が描き込まれた謎まで、紫禁城では大小さまざまの事件や謀略が渦巻く。歴史の非情さを突きつける結末は、本書がこの時代と場所でしか成立しない歴史ミステリであることを物語る。
酒井貞道の一冊:大島清昭『冷蔵庫婆の怪談』(東京創元社)
偶然ながら二ヵ月連続でホラー&ミステリのハイブリッド作品を選ぶ。呻木叫子シリーズの最新作で、呪い、UMA、幽霊屋敷にまつわる4短篇を収録し、児童連続殺人などが縦串として通って連作として奇麗にまとめられている。本格謎解きミステリとしては、推理や真相の隠し方に頓智が効いており、小粋な短編が好きなミステリ・ファンなら、必ずや気に入るはずだ。怪談要素も恐怖感を大いに惹起してくれて良い。また今回は、怪異と現実的謎解きの境界がはっきりしており、アンフェア感はほぼ皆無。個人的にはシリーズ中では一番好きです。
藤田香織の一冊:香納諒一『灰は灰 新宿探偵 鬼束啓一郎』(光文社)
これだよ! こういう小説が読みたかったんだよ! と、歓びが込み上げてくる。新宿署勤務を最後に定年を待たず退職した元刑事の探偵が、其々に厄介な事情を抱えた依頼人のため、愚直に調査に乗り出す3話からなる中編集。待ち合わせは新宿西口の「ルノアール」。ふらりと立ち寄る西新宿の「ぼるが」。現在の愛読書は「鬼平犯科帳」。安心安定の設定にニヤニヤしていると、思いがけず足をとられて躓き痛みが広がる。警察組織から<何をしでかすかわからない刑事>と目され追われた鬼束の、胸の内に絶えずある「揺れ」もいい。令和を生きる昭和世代に刺さる!
若林踏の一冊:犬丸幸平『最後の皇帝と謎解きを』(宝島社)
ラストエンペラーこと愛新覚羅溥儀と日本人絵師の交流を軸にしながら様々な謎解きが描かれる連作集である。新人のデビュー作だが、謎解きの興趣が多彩で推理の道筋も手堅く作り込まれている点に感心した。特に紫禁城内で起こった殺人事件の謎を解く第1話ではシンプルなロジックから真相が導き出される過程が上手く、作者は本格謎解き短編を書く底力が備わっていると感じた。重厚な歴史小説の要素を含みつつ溥儀と絵師の軽やかな掛け合いで読ませる部分もあるなど、読者が作品の世界へ入り込みやすいような文章になっている点も好印象だ。
梅原いずみの一冊:恒川光太郎『幽民奇聞』(KADOKAWA)
前作のマヤ文明を舞台にした冒険小説『ジャガー・ワールド』も良かったが、歴史の闇に生きた謎の集団「キ」の痕跡を民俗学者が辿る今作も素晴らしい。日本に古くから棲み、明治中頃までは確かにいたはずの存在はなぜ、時代の闇に溶けていったのか。幕末から明治、激動の時代に翻弄されながら生き抜いた人々の証言や回想を通し、「キ」の輪郭が闇から浮かび上がっては消えていく。歴史には、語られる者と語られなかった者、そして語られることを選択しなかった者が存在する。四話収録で、連作集としての魅せ方には流石の技巧が光る。
杉江松恋の一冊:くわがきあゆ『先生と罪』(宝島社文庫)
中学教師の如月晴は、同僚の岩本結衣が運転中に死んだことを知るが、直前に彼女からかかってきた電話から、事故ではなく他の車に煽られて殺されたのではないかと考える。その如月が、勤務先の中学校で誰かに監視されているような感覚や、嫌がらせのような行為に遭遇する、という中盤までの展開が、序盤を読んだときには予想もしていなかった方向に捻じれていく。たくさんスリラーを読んできたけど、こういう小説はあまりないように思う。今月最も驚いた作品であり、作者にしてやられた感が強い。くわがきあゆ、油断できない書き手である。
実在の歴史的人物を配した謎解き小説からホラー色の強い作品、オーソドックスな私立探偵小説まで、今月もさまざまな作品が並びました。若干ホラー色が強めに感じるのは、現在の風潮でしょうか。来月はどうなることやら。またこの欄でお会いしましょう。
※橋本輝幸さんは今月おやすみです。