【連載】嵯峨景子のライト文芸新刊レビュー
本屋大賞作家の“幻のデビュー作”がついに文庫に? 書評家・嵯峨景子が選ぶ今読みたいライト文芸5選
『少女小説を知るための100冊』や『少女小説とSF』などの著作で知られる書評家の嵯峨景子が、近作の中から今読むべき注目のライト文芸をピックアップしてご紹介する連載企画。今回は本屋大賞作家らの初期衝動が詰まったアンソロジーから元銀行員の作家による金融×ごはんのハートフルストーリーまで、5タイトルをセレクト。
集英社オレンジ文庫編『短編小説新人賞アンソロジー』(集英社オレンジ文庫)
集英社オレンジ文庫が主催する短編小説新人賞は、1983年から40年以上にわたって開催され、これまで数々の作家を輩出した歴史のある賞である。本書は歴代受賞者の中から、選りすぐりの12編を収録したアンソロジーで、『成瀬は天下を取りにいく』の宮島未奈や、『カフネ』の阿部暁子ら本屋大賞作家をはじめ、これまで書籍化されていなかった人気作家たちの“幻のデビュー作”を収録。ジャンルも青春小説から中華幻想譚、西洋ファンタジーとバラエティ豊かで、原稿用紙30枚、1万2千字に刻まれた作家たちの初期衝動がまばゆい光を放つ。ハイレベルな短編が揃う中でも、とりわけ青春小説は秀作揃いで、瑞々しい感性と言葉に酔いしれた。繊細な心理描写が魅力の阿部暁子は、「陸の魚」で高校生たちの等身大の姿と心の揺れを描き出す。宮島未奈の「二位の君」は、成績万年二位の少女とイケメンコンテスト万年二位の少年の物語で、ユーモアと切実さのバランスが絶妙。白川紺子の「サカナ日和」は、透明感あふれる描写に落とし込まれたほのかなエロティシズムが忘れがたい余韻を残す。
本書には、新人賞の選考委員を務めた三浦しをんと青木祐子、さらには編集部のコメントも収録されており、小説を執筆する人にも役立つ内容に仕上がっている。珠玉のアンソロジーとしてみならず、創作の極意を学ぶ一冊としてもお薦めだ。
菊川あすか『大奥の御幽筆 偽りの闇と真の燈火』(ことのは文庫)
江戸の大奥を舞台に、生者と死者が紡ぐ絆をあたたかなタッチで綴る『大奥の御幽筆』シリーズ第4弾。
亡霊が見えるせいで家族に疎まれてきた里沙は、大奥で奥女中として働き始め、記憶を失って江戸を彷徨い続ける侍の亡霊・佐之介と出会う。里沙に助けられた佐之介は、以後も彼女の側に留まり、二人は力をあわせて大奥で起こるさまざまな亡霊騒ぎを解決していった。里沙と佐之介の間には、生者と死者という越えがたい壁が立ちはだかる。それでも二人は惹かれ合い、一緒にいたいと願うのだが……。
衝撃の第4巻では、これまで謎だった佐之介の秘められた過去がついに明かされる。どのようにして佐之介は亡くなったのか。そして一体なぜ、かつての友人だった恭次郎は彼を激しく憎み、亡霊となった今でも復讐に燃えているのか。蘇る佐之介の記憶はあまりに過酷だが、里沙は一貫して佐之介と恭次郎の友情を信じ、二人を救おうと奮闘する。そんな里沙の強さと覚悟に、思わず目頭が熱くなった。これまで里沙は、大奥の「御幽筆」としてさまざまな苦しみを抱える亡霊に手を差し伸べ、彼らの心残りを解決して成仏させてきた。里沙と佐之介がどのような結末を迎えるのか、今作をじっくりと味わいながら、夏に発売の最終巻を心待ちにしたい。
宇佐美まこと『誰かがジョーカーをひく』(徳間文庫)
ホラー小説で人気の作家が手掛ける、平凡な主婦×訳ありキャバ嬢のスリリングな逃走劇。
40代半ばの主婦の沙代子は、6年前に川田家に後妻として嫁いで以来、家族からは家政婦扱いをされる日々を過ごしている。ある夜、夫の暴言に耐えかねた沙代子は衝動的に家出をするが、運転する車の前に派手なキャバ嬢の紫苑が飛び出し、接触事故を起こしてしまった。紫苑は病院に連れていこうとする沙代子を脅し、お気に入りのホスト・竣から頼まれたという、ボストンバッグを回収する仕事を押し付ける。ところが鞄の中には、現金3000万円が入っていた。思いがけない大金を前にした紫苑は、二人で山分けしてしまおうと沙代子に持ち掛けた。なしくずし的に共犯者になってしまった沙代子は、逃走を続ける中で、さらなる事件に巻き込まれていき――。
内気で引っ込み思案な沙代子は、主体性に乏しく見ていて歯がゆくなるほどだが、最後の最後で覚醒する。その変化がなんとも痛快で、蔑まれてきた主婦がみせる鮮やかな逆転劇に胸がすく思いがした。特技の料理や発酵食品がストーリーに絡む点もユニークで、カビ菌は事件の謎を解くヒントとなるだけでなく、沙代子に希望と生きる力ももたらすのである。二転三転するスピーディーな展開は最後まで油断できないが、個性豊かなキャラクターたちが繰り広げる物語は重苦しくはない。沙代子が掴んだ未来は、読者の心にも温かな光を灯すだろう。
高殿円『芦屋山手 お道具迎賓館』(ハヤカワ文庫)
『上流階級 富久丸百貨店外商部』や『トッカン 特別国税徴収官』など、数々の人気作を手掛ける作者がおくる、ほのぼの骨董ファンタジー。
瀟洒な屋敷が立ち並ぶ神戸芦屋の山手。先祖が代々受け継ぐ「三条の迎賓館」を気に入り移住した「先生」と呼ばれる男は、庭仕事の最中に土中から白い茶碗を掘り出した。正体不明の茶碗を日常使いしていたところ、古風な身なりをした青年が縁側に現れる。白茶碗は信長が愛した幻の名品「白天目茶碗」で、彼は付喪神の「シロさん」だった。一体なぜ、本能寺の変で焼失したはずの茶碗が芦屋に埋まっていたのか。自身の来歴を思い出せない「シロさん」と「先生」は、奇妙な二人暮らしをおくりながらさまざまな付喪神たちと関わっていくのであるが……。
国宝級でありながらどこかゆるくてチャーミングな付喪神たちと、「先生」が繰り広げる日常は穏やかで、作中にはのんびりと心地よい空気が漂う。スローライフが魅力の作品だが、随所に骨董や日本史にまつわる蘊蓄が散りばめられており、ほのぼのだけでは終わらない物語の厚みが楽しい。『伊勢物語』で知られる在原業平と、彼の父親の阿保親王を財テクから読み解く「シロさんと変わらぬものども」と、本能寺の変の真実に迫る「シロさんと本能寺同窓会」が、とりわけ印象深く心に沁みた。
江上剛『ハリー亭の穏やかな日々』(光文社文庫)
元銀行員の作家がおくる、金融×ごはんのハートフルストーリー。
ロンドン生まれのハリーは、イギリス大手銀行の日本支店に赴任したのがきっかけで来日し、以来日本に惚れこみ30年間東京で暮らしている。同僚だった優子と結婚、女の子に恵まれたハリーは、多忙を極める銀行員を辞めて夫婦でレストランを始めた。手頃な価格でおいしいイギリス料理を提供するハリー亭は地元の人々に愛され、お店はいつも常連客でにぎわっている。お人好しかつおせっかいなハリーは、困っているお客様を見ると放っておけず、彼らが抱えるお金にまつわるもめ事や家族間のトラブルなど、さまざまな問題を解決しようと力を尽くすのだった。
「イギリス料理=まずい」という通説はあまりにも有名だが、本作に登場する料理の数々は、これまでの固定観念を心地よく覆してくれる奥深い滋味に満ちている。ハリーの思い出が詰まったイギリスの味で人々を魅了しつつ、お客様の要望にも対応する柔軟なスタンスがハリー亭の何よりの魅力なのだ。ハリーの気さくな接客と優子が作るおいしい料理が潤滑剤となり、わだかまりを抱えた人と人の仲がほぐれていく様は、読者の心にも安らぎを与えるだろう。
元銀行員が手掛ける小説らしく、作中には新NISAなどの投資や変額保険のトラブルなど、お金にまつわる身近な問題が登場する。ほっこりとしたストーリーを楽しみつつ、金融知識も学べる一石二鳥な小説だ。