コーヒーの伝播に見る、オスマン帝国が世界史に与えた影響とは? 増田ユリヤ『コーヒーでめぐる世界史』インタビュー

増田ユリヤ『コーヒーでめぐる世界史』(ポプラ新書)

 ジャーナリスト・増田ユリヤの新刊『コーヒーでめぐる世界史』(ポプラ新書)は、今や世界中で愛飲されているコーヒーが、どのような歴史的経緯を経て広まっていったのかを、数多くの取材と文献から読み解いていった一冊だ。

 チョコレートの歴史を紐解くことで現在の世界情勢を浮き彫りにした前作『チョコレートで読み解く世界史』(2024年/ポプラ新書)に続く待望の新刊となる本作は、高校の世界史ではあまり深くは触れられないオスマン帝国の歴史を掘り下げていることもあり、イスラム圏とキリスト教圏の関わりが見えてくるのも興味深いところだ。

 エチオピアから現代の日本まで繋がるコーヒーの物語は、どのように紡がれたのか。増田ユリヤにインタビューを行った。

食べものや嗜好品を通して歴史を辿る

――増田さんは、ジャーナリストとして、テレビをはじめ、池上彰さんと一緒に手がけているYouTubeチャンネルなど、さまざまなメディアで活動されています。まずは、本書『コーヒーでめぐる世界史』の執筆理由から教えてください。

増田ユリヤ(以下、増田):私、あちこちで発言したり書いたりしていますが、正直に言えば、あまり深く考えていないんです(笑)。これまでずっと、目の前にあることをただ一生懸命にやってきて、気がついたらこうなっていた、という感覚があって。普段から無計画ですし、明確な目標があるタイプでもありません。その時々で「これが気になる」「ここを知りたい」と思ったことを取材する。まず「取材する」という行為が、私にとってはいちばん最初の行動なんです。

――以前に『チョコレートで読み解く世界史』(ポプラ新書)を出版されていますが、その続編のような位置づけかと思っていました。

増田:そうですね。ただ、あの本も出版社から「こういう切り口で書いてほしい」という依頼があって始まったものでした。そもそも私は、高校の教壇に立っていた頃から、こうした題材を授業で扱っていたんです。教員になりたての頃、私が勤めていた高校は、勉強があまり得意ではない生徒が多い学校でした。しかも、歴史の授業となると、なおさらです。

 実際に教壇に立ってみて、教科書をなぞるだけの授業は、自分自身も面白くないと感じました。何とかしなければと思っていた頃、NHKのリポーターの仕事を始めることになり、取材という行為がいかに面白いものかを知ったんです。世の中には、私の知らないことが本当にたくさんあるのだと。

――ジャーナリストとしての活動を通して、取材することの面白さに目覚めていったわけですね。

増田:そうした経験の積み重ねの中で、食べものや嗜好品を通して歴史を辿るという手法に行き着きました。歴史をわかりやすく捉えるための身近な題材として、食べものは非常に有効だと感じるようになったんです。実際、授業でも食べものを扱うようになりました。ちょうどその頃、教育改革の一環として「総合的な学習の時間」が始まり、教科書を使わず、教師の裁量で授業を構成できるようになったことも大きかったですね。

 食べものや生きものを題材に、多角的に考えさせる授業を行う中で、「この手法は私、大好きかも」と感じるようになり、積極的に取り入れるようになりました。

――本書のように、食べものを通して歴史を捉え直す授業を始めた、ということですね。

増田:そうです。実は、そうした視点は教科書や図表の中にも多く含まれています。ただ、気づかれていなかったり、注目されていなかったりするだけなんです。そうした身近に感じられる部分にあえて着目することで、歴史に興味を持ってもらえたら、という思いが出発点だったのかもしれません。

コーヒーという視点で見る、興味深い文化

――今回はチョコレートではなく、コーヒーを切り口に世界史を見ていきますが、執筆にあたっては、まず何から始めたのでしょうか。巻末資料のような文献調査からでしょうか。

増田:関連書籍は一年ほど読み込みましたが、それ以上に考えたのは「コーヒーなら、どこを取材しようか」ということでした。結局、また「取材から入る」という自分のやり方に戻ったわけです。コーヒーについては、以前から、いつか本にしたいという思いが漠然とありました。

 本書の第4章に登場する、パリのカフェ・ル・プロコープには、初めて訪れたのが10年以上前です。とても興味深い場所だと感じ、いつか形にできたらと思って、その時点でかなり入念な取材をしていました。

――これまでの取材の蓄積が、本書に反映されていると。

増田:そうですね。私は普段から、食べたり飲んだりすることが大好きなんです(笑)。お酒はまったく飲めませんが、コーヒーへの関心は人一倍強く、以前からその都度、調べたり取材したりしていました。今回の本のための本格的な取材としては、最初にイタリアを訪れました。ベネチアからトリエステ、そこからウィーンへ向かい、現地で多くの話を聞きました。これが第3章「コーヒーでめぐるオーストリア・イタリア・ドイツの歴史」にあたります。そこで、「ウィーン包囲」の話が出てくるじゃないですか。

――オスマン帝国による第一次ウィーン包囲(1529年)と第二次ウィーン包囲(1683年)の話ですね。

増田:はい。第二次ウィーン包囲では、オスマン帝国がキリスト教社会をほろぼして、ヨーロッパを征服しようと考えてウィーンに軍隊を派遣したことは、知識としては知っていたものの、実感を伴って理解できていませんでした。私は映像の仕事を多くしてきたので、頭の中で映像化できないと文章に落とし込めないところがあるんです。実際にウィーンを訪れ、丘の上から当時のオスマン帝国の陣営を想像したり、博物館で展示を見たりすることで、初めて実感が湧きました。博物館にはウィーン包囲に関する展示がすごくいっぱいあって、ウィーンの人々にとっては、それぐらい歴史的に大きな出来事だったことが理解できました。さらに現地のカフェを巡ることで、歴史が立体的に見えてくる。その感覚は、本書にも反映されていると思います。

――ウィーン包囲の時期に、オスマン帝国から西ヨーロッパ世界にコーヒーが入ってきますね。敗走したオスマン軍の置き土産にコーヒー豆が紛れていて、オスマン帝国の文化を知っていた英雄コルシツキーが、ウィーンの人々にコーヒーの淹れ方を教えたというエピソードが面白かったです。その流れで、次にトルコを訪れたのでしょうか。

ウィーンのカフェでの取材の模様。壁にはコルシツキーの肖像画が飾られている。(写真提供=増田ユリヤ)

増田:はい。コーヒーが最初にオスマン帝国で広まったことを考えると、トルコは外せません。以前、取材で訪れたバルカン半島北西部のボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボでトルココーヒーのセットを購入したことがあります。当時は「何でこんなところにトルココーヒーのセットが売っているんだろう」と不思議に思いましたが、後になってオスマン帝国の文化圏だったことを知りました。そうした背景もあり、トルコを取材しました。

 そこで出会ったのが、本書第2章に登場するエミネ・ギュルソイ・ナスカリ教授です。彼女の祖父ジェラル・バヤルは、トルコ共和国建国期に要職を務め、第3代大統領となった人物でした。彼女からは、トルコ人にとっていかにコーヒー文化が大切かといったお話や、トルコ民謡の歌詞にはコーヒーに関するものが数多くあること、コーヒーと政治の関係などについても聞きました。そうした個人的な歴史とも結びつき、全体の流れが自分の中で整理されていったんです。結果的に、第2章から本格的に書き始めることになりました。

――本書『コーヒーでめぐる世界史』は、第1章でコーヒーの伝播について解説したあと、第2章からオスマン帝国に多くの分量を割いている点が印象的でした。

増田:オスマン帝国は、日本の教育現場では十分に扱われてこなかったと思います。実際、私が教えていた頃もそうでした。現在はイスラム圏の国々の歴史に関しても、いろいろと教えるようになっていると思うのですが、当時私が教えていた学校がキリスト教の学校だったこともあって、あまり扱いませんでした。基本的に学校で学ぶ世界史は、キリスト教が中心の歴史なんです。しかし、オスマン帝国には長い歴史がありますし、日本で言えば鎌倉時代から大正時代まで続いた国です。これほど長く続いた帝国がどんな文化を持っていたのかを知ることは、とても重要だと思いました。

――600年ぐらいの歴史があって、西ヨーロッパに覇権が移る前は、オスマン帝国が「世界の中心」だった。

増田:それぐらい長く続いた国がどういう文化だったのか知ることは、歴史を学ぶ上で重要だと思います。15年ぐらい前、最初にイスタンブールのトプカプ宮殿を訪れたときは、私自身が金銀財宝に興味がないこともあって、「なぜこれが世界遺産なんだろう」と正直あまりピンときませんでした。しかし、コーヒーという視点で見ると、オスマン帝国にはコーヒーに関する役人がいたり、いろいろなセレモニーがあったり、コーヒーを給仕する人の洋服が決まっていたりして、非常に興味深い文化が見えてきます。当時のハーレムの人たちにとっても、コーヒーは欠かせないものでした。マイセンの食器にアラビア語が書かれている理由なども含め、コーヒーを介して世界がつながっていく様子に強く惹かれました。

――コーヒーの原産地と言われているエチオピアはオスマン帝国と隣接していたわけで、そうした地理的な関係も含め、これまで見落とされがちだった「つながり」が浮かび上がりますね。

増田:ありがとうございます。そうした流れから、みなさんにとっても親しみがあるイタリアのエスプレッソであるとか、フランスのカフェオレであるとか、イギリスのコーヒーハウスの文化、さらにはアメリカと日本のコーヒー文化へと展開していく構成になりました。第5章の「コーヒーでめぐるアメリカ・日本の歴史」では、イギリスなどの植民地だった独立前のアメリカでコーヒーが飲まれるようになった背景から、1960年代の日本のコーヒーブームについてまで書いています。コーヒーの起源のひとつとされる「羊飼いカルディ」の伝説から、現代の日本で私たちが親しんでいる缶コーヒーやインスタントコーヒーまで繋がる物語は、自分の中でも自然な流れでした。

なぜ人はこんなにもコーヒーを愛するのか

トルコ・イスタンブール市内の住宅街にあるお宅で取材をする著者。「出していただいたトルココーヒーのセットには、オスマン帝国の歴史がぎゅっと詰まっていました」(写真提供=増田ユリヤ)

――取材や執筆を通じて、新たな発見はありましたか。

増田:「なぜ人はこんなにもコーヒーを愛するのか」ということは、何度も考えました。どの国に行ってもみなさん、コーヒーの話をし始めるとキリがないんです(笑)。今回の取材を通じて改めて思ったのは、どの国や文化にも、それぞれの飲み方があるということでした。コーヒー豆の選び方はもちろん、挽き方も違えば、淹れ方も違う。それぞれの飲み方のために、独自の器具が発展していく。どの国もほとんどコーヒーの栽培はしていないのにも関わらず、です。トリエステにあるイリーの本社の話にもあるように、自国で栽培していないからこそ、コーヒーの鮮度を保つための保存や流通の工夫もいろいろとなされてきました。そして、その背景には帝国主義や植民地などの話とも繋がっている。その点も非常に興味深かったですね。

――コーヒーの味わい方やコーヒーに関する文化の歴史についてはもちろん、徐々にコーヒーを飲む場所――いわゆる「サロン」的な場所として、カフェが大きな意味を持っていくあたりも、個人的にはすごく面白いと思いました。

増田:コーヒーを飲む場所にいろんな人が集まって語り合うことで、政治や文化の発信地となっていきました。それで当局から、コーヒーを飲むこと自体が禁じられたり、コーヒーを飲む権利を勝ち取るために人々が立ち上がったりもする。日本でも「床屋談義」みたいなことを言いますけど、コーヒーを飲む場所が、徐々にそういう場所になっていたんですよね。フランスのカフェなどは、その典型です。一方でイギリスは紅茶のイメージが強いですけど、イギリスはイギリスで、コーヒーハウスの文化が別にあったりもします。そのあたりも、歴史的にすごく興味深いところだと思います。

――最後に、本書をどんな方に読んでほしいですか。

増田:特定の読者層を強く意識したわけではありません。コーヒーは世界中で親しまれているものですから、誰でも気軽に手に取ってもらえたらと思っています。難しすぎず、それでいて読後に「面白かった」と感じてもらえるような内容を目指しました。計画的に書いたというより、書きたいことを書いた結果がこの形になった、というのが正直なところですが、この本を読むことでコーヒーの味わいにも深みが出てくると良いなと思っています。

■書誌情報
『コーヒーでめぐる世界史』
著者:増田ユリヤ
価格:1,100円(税込)
発売日:2026年1月5日
出版社:ポプラ社

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