なぜ村上龍は『カンブリア宮殿』を20年続けられたのか? 速水健朗が指摘するベストセラー作家の「人の良さ」

 テレビ東京は、経済トーク番組『カンブリア宮殿』のMCを2026年4月から交代することを発表、村上龍・小池栄子のコンビに代わり、金原ひとみ・ヒャダインが後任を務めることになった。番組は2006年4月の開始から20年の節目を迎え、番組としても初となるMC交代になる。

村上龍『新装版 コインロッカー・ベイビーズ』(講談社文庫)

 このニュースは、新MCの顔ぶれの新鮮さのみならず、作家・村上龍が経済番組を20年続けたという事実の重さも伝える。村上は1976年、武蔵野美術大学在学中に『限りなく透明に近いブルー』で群像新人文学賞と芥川賞を受賞、一躍時代の中心へ躍り出た作家だ。以降も『コインロッカー・ベイビーズ』、『69 sixty nine』、『イン ザ・ミソスープ』などで知られ、社会の閉塞感や人間の欲望を、冷たくも生々しい言葉で可視化してきた。村上はまた小説だけでなく、子供にも読みやすい職業百科『13歳のハローワーク』を2003年に刊行し、同書はミリオンセラーとなった。

 その村上が、経済番組で企業トップの話を聞き続けた20年。作家としての村上龍を知っている人ほど、なぜここまで続けられたのかと、どこかで首をかしげてきたのではないか。

村上龍の、人の良さ

 村上龍の熱心な読者であるライターの速水健朗は、その違和感をこう言語化する。

「この番組を続けてきたことは、作家性との乖離を生んでいる気がしてました。知り合いからの頼み事を断れない人の良さは、とても村上龍らしいと思います。それだけで20年続いたのでしょう。

 『カンブリア宮殿』は、小さな町工場こそが日本の未来を担う、といった『下町ロケット主義』を標榜する番組に見えました。ただ村上龍は、もともとこのようなテレビ的な曖昧な物語を『ヒューマニズム』と断罪し、『嘘』だと指摘する作家だったように思います」

 ここに、村上龍が番組MCを20年続けられた理由が、半分書かれている。ひとつは「断れない人の良さ」という気質だ。毎週のようにゲストを迎え、企業人の言葉を受け止め、番組の型を守るのは、才能よりも忍耐力が求められるだろう。村上がそれをやり切れたのは、作家としての天才性というより、むしろ「引き受けてしまう」人間性の側にあるという見立ては、妙に腑に落ちる。

小池栄子の魅力を引き出す才能

 20年の説明としてもうひとつ考えられるのは、村上龍は人の話を引き出す才能を、作家としてずっと磨いてきたのではないか。小説が得意なのは、登場人物の日のあたる人生ではなく、光の届かない部分、つまり矛盾や言い淀み、取り繕いのほうだ。企業のトップが語る成功譚は、たいてい磨かれたストーリーだが、その周縁には必ず、偶然、怖れ、怒り、失敗、妥協がある。村上が長く司会を務めた番組の価値は、理想の物語を称揚することより、むしろその裂け目を見つけ、そこから生の手触りを取り出す瞬間にあったように思う。

 そして、その瞬間を視聴者に見せるうえで、相方・小池栄子の存在は決定的だった。速水はこう続ける。

「『カンブリア宮殿』における小池栄子の仕事は、どの映画、ドラマにも引けを取らないものだったように思います。その魅力を引き出したのは、何より村上龍の才能でしょう。

 映画作家としての村上龍は、それほど高く評価されているように思いませんが、女優のチョイスはいつも100点を上回っているように思います」

 小池栄子は、企業トップの言葉を視聴者の言葉に翻訳する役割を担っていた。専門用語をほどき、視聴者を置き去りにしない。驚き、笑い、時に突っ込み――そのすべてが、番組の温度を保ってきた。小池という稀有な聞き手を、20年間の座組みとして成立させたこと自体が、村上のいわば「創作」だったのではないか。

作家から作家へ

 それでもなお、速水が指摘する「作家性との乖離」は残る。テレビはどうしても、分かりやすい物語を求める。そして村上は、このような「曖昧な物語」を疑う側の人間だったはずだ。しかし、だからこそ村上は、おそらく番組の20年を通じて、二重の役割を生きていたとも言える。テレビの形式に乗りながら、同時にそれを完全には信じ切らない。信じ切らないからこそ、続けられる。

 番組交代の発表に際して、村上は「作家は、死なず、ただ立ち去るのみ」と言葉を残した。この一文もまた、終わりを飾る挨拶というより、役割からスッと降りる身振りに近い。20年続けたのに、感傷に浸りすぎない。続けてしまう人の良さと、立ち去る時の乾いた切れ味。その両方が同居しているところに、村上の作家性が垣間見える。

 20年の『カンブリア宮殿』は、企業の物語を届ける番組であると同時に、「物語を疑う作家が、物語の現場に立ち続けた」20年でもあった。だからこそ、交代は番組の刷新であると同時に、ひとつの時代の終わりでもある。次に番組の顔を任されたのは、金原ひとみだ。作家から作家へ。21年目の『カンブリア宮殿』は、再びフィクションの担い手をMCに据えた。金原は、ビジネスパーソンたちの言葉をどのように受け止め、「曖昧な物語」とどう向き合うのだろうか。

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