「2025年 時代小説BEST5」麦倉正樹 編 『べらぼう』とあわせて読みたい「文化系」の時代小説
第1位『雪夢往来』木内昇(新潮社)
第2位『人よ、花よ、』今村翔吾(朝日新聞出版)
第3位『最後の一色』和田竜(小学館)
第4位『秘仏の扉』永井紗耶子(文藝春秋)
第5位『白鷺立つ』住田祐(文藝春秋)
2025年は、最初から最後まで、ずっと『べらぼう』だった。否、去年のベストを再読してみたら、去年の中頃からずっと、江戸時代の中期から後期を舞台とした「文化系」の小説ばかりを読んでいた。その中でも『北越雪譜』の作者である「鈴木牧之」を描いた木内昇の『雪夢往来』(新潮社)は、2024年の12月に出たものだけど、手に取ったのは今年だし、いまだに心の中で強い印象を放っているので、今年の1位に選出した。詳しくは、今年書いた書評の通りだけど、越後で暮らす牧之の暮らしぶりはもちろん、彼が江戸に持ち込んだ原稿を、ひょんなことから読むことになる「山東京伝」が、とにかく魅力的で参ってしまった(『べらぼう』の京伝とは、かなりイメージが違う)。そんな京伝が登場すると聞いて、読み逃していた朝井まかての『秘密の花園』(日本経済新聞出版)も読んでみたが、こちらの京伝もすごく「粋」だった。そして、同作の主人公である「曲亭馬琴」は、やはりプライドが高くて、なかなか偏屈な男だった(笑)。「蔦屋重三郎」の時代から少し下るけれど、「歌川広重」と「歌川国芳」、そして「葛飾北斎」の娘である「お栄」こと「葛飾応為」を描いた武内涼の『ふたりの歌川――広重と国芳、そしてお栄』(朝日新聞出版社)も、同年代の絵師たちの青春群像劇として、非常に面白かった。江戸の最大派閥となった「歌川派」の顛末も含めて。江戸時代に限らず、すぐれた表現者の「タテ(師匠や弟子)」や「ヨコ(友人やライバル)」の関係性を描いた物語って、大体面白いですよね。
今年の夏に出版された『イクサガミ 神』(講談社文庫)で、見事シリーズを完結させ、秋には待望の実写版『イクサガミ』(Netflix)が世界同時配信され、日本はもちろん広く海外でも高評価を獲得するなど、自身の露出機会も含めて、今年も大活躍だった今村翔吾だが、個人的には桜の散る頃に彼が上梓した『人よ、花よ、』(朝日新聞出版)を推したい。「楠木正行(まさつら)」という、これまであまりスポットの当たってこなかった人物を主人公に据えたことはもちろん、「結果」ではなく「過程」の中に、その人物の「人間性」や「理想」を見ようとする、著者の一貫したテーマが色濃く出ているという意味でも、実は重要な作品という気がしている。いずれにせよ、「北畠顕家」を描いた『破軍の星』(集英社)をはじめ、俗に「北方太平記」と呼ばれている、南北朝時代を描いた北方謙三の一連の著作を愛読する自分にとっては、存分に楽しめる作品だった。あっ、松井優征の漫画『逃げ上手の若君』の最新刊もチェックしないと!
3位に選んだ『最後の一色』(小学館)は、『のぼうの城』(小学館)や『村上海賊の娘』(新潮社)で一世を風靡した作家・和田竜、約12年ぶりの長編小説だ。もうこれは「事件」でしょう。とはいえ、なかなかのブランクではあるので、正直最初は恐る恐る読んでいたところもあるのだが、中盤以降は一気に読んでしまう、さすがの面白さだった。書評でも触れたように、クライマックスの見せ場は、まさしく手に汗握るような臨場感があった。戦国時代を描いた小説には、何かと登場しがちな「細川忠興」だが(それこそ、ドラマ『SHOGUN 将軍』に登場する「戸田広勝」は、忠興をモデルとしている)、彼が元服して間もない頃には、こんな衝撃的な「出会い」と「別れ」があったのか……という驚きの一冊でもあった。ちなみに、その勢いで、読み逃していた佐藤雫の『花散るまえに』(集英社)を手に取ってみたところ、こちらも大変面白かった。やがて九州の地に辿り着くまでのあいだに、いろいろあるな……忠興というか「細川家」。
4位に選んだ永井紗耶子の『秘仏の扉』(文藝春秋)は、明治時代の初め頃、脱亜入欧、廃仏毀釈など、大きく揺れ動く社会の中で、「日本の美」を再発見すると同時に、それを「救済」したアーネスト・フェノロサ、岡倉天心など美術に関わる人々を描いた連作短編集だ。今でこそ「世界に誇る」とか「インバウンド」とか盛んに喧伝している日本文化だけど、明治の社会変革の折りには、その多くを自ら捨て去ろうとしたことは、忘れてはならない事実なのかもしれない。それこそ『べらぼう』に登場する数々の浮世絵が、海外へと流出している現実は、その何よりの証左なのだろう。
最後に選んだのは、松本清張賞を受賞したのち、直木賞候補にもなった住田祐のデビュー作『白露立つ』(文藝春秋)。比叡山延暦寺で「千日回峰行」と呼ばれる命懸けの荒行に挑む僧侶たち――という、かなり特殊な世界の話であるのだが、過去に大きな失敗をした「師匠」と、そんな師匠の古傷に塩を塗りまくる生意気で優秀な「弟子」のスリリングな師弟関係は、思わずページをめくってしまう面白さがあった。「血」にまつわる同じ「苦悩」を抱えながらも、その捉え方がまったく異なる2人の男の「確執」という意味では、映画『国宝』を少し彷彿とせるところがあったりして。ちなみに、本作の舞台となるのは、天明の大飢饉の影響が色濃く残る、江戸時代の後期。すなわち、奇しくも『べらぼう』と同じ時代だった。江戸で大衆文化が花開いていた頃、京にほど近い比叡山延暦寺では……と、ひとしきり想像をめぐらせてみるのも楽しかった。ことほどさように、2025年は、最初から最後まで、ずっと『べらぼう』だった。