高畑鍬名 × 速水健朗が語る、Tシャツと若者文化の関係「90年前後で、僕らは「イン」か「アウト」かを判断した」

『Tシャツの日本史』(中央公論新社)

 「Tシャツの裾をズボンに入れるか、それとも出すか」。一見些細に思えるこの選択には、実は若者たちの同調圧力や時代の空気が色濃く反映されている。

 『美味しんぼ』の山岡士郎に『幽☆遊☆白書』の浦飯幽助、または小津安二郎映画に『メンズノンノ』の木村拓哉まで、新旧の映画や漫画、雑誌に登場する彼らがいったいどのようなTシャツの着こなしをしていたかを徹底的に調べ上げ、それらが時代に与えた影響を紐解く著書『Tシャツの日本史』(中央公論新社)が、発売から大きな話題を呼んでいる。

 リアルサウンドブックではポッドキャスト番組『速水健朗のこれはニュースではない』との連動企画として、著者の高畑鍬名氏と速水健朗氏との対談を行った。高畑氏は、野口英世が描かれたバンド·銀杏ボーイズのツアーTシャツを裾出しスタイルで着こなしていた。一方の速水氏は、イーロン·マスク氏が着用したことでも注目を集めた「TECH SUPPORT」と書かれたTシャツを細長い紳士用ベルトにインしたユニークなスタイルで登場。Tシャツと若者文化の深い関係について、二人にじっくり語ってもらった。

Tシャツの「イン/アウト」どちらがダサい? 高畑鍬名 × 速水健朗『Tシャツの日本史』対談

注目したのは、フィクションが服をいかに「適当に扱っているか」ということ

速水:本日はよろしくお願いいたします。さっそくですが、この『Tシャツの日本史』は、どのような内容の本なのでしょうか。

高畑:帯に「インかアウトか150年」とあるように、Tシャツがいつ日本にやってきたかという最初期の話から2025年まで、Tシャツが若者にどういう影響を与えてきたかを調べています。150年の歴史のなかで、裾を入れるか入れないかをメインに取り扱っています。

速水:150年というのは、かなり遡りますね。日本のTシャツの歴史はいつから始まったのでしょうか。

高畑:Tシャツの輸入の記録としては1867年、福沢諭吉がペンネームで「これからは日本が西洋化していくから、こういうライフスタイルが始まるよ」というパンフレットを書いたことに注目しています。

速水:ライフスタイルから入ったんですね。

高畑:そうなんです。そのイラスト付きのパンフレットの中に西洋の服がたくさん紹介されていて、そこに「オンドルショルツ」というものが描かれています。これがアンダーシャツ、つまり下着ですね。なので、日本に西洋の服が入ってきた最初のタイミングから、アンダーシャツという形でTシャツが紹介されていたんです。

速水:意外と古いんですね。

高畑:古いんですよ。ただ、当時は長袖のヘンリーネックのようなボタンのある形で、あくまで下着でした。なので「オンドルショルツは人前で見せてはいけませんよ」というマナーが長らく続くことになります。夏目漱石や永井荷風も、首元や袖口から肌着を見せるなと注意していますね。

速水:高畑さんご自身、かなりインパクトあるルックスですよね。本日も銀杏ボーイズのTシャツを着てらっしゃいますが……何者なんですか。

高畑:私は会社員で、今日も午後の有給を取ってここに来ています(笑)。では、なぜこんな本を会社員が書いたかというと、この本は2014年に書いた修士論文がベースになっているんですね。そこからさらに10年ほど遡った2004年に、大学生だった私は映画の撮影現場で「衣装助手」という仕事をしていました。その経験によって、本や漫画を読む視点が「衣装助手の読み方」になったんです。

 そうすると、いろんなフィクションが服をいかに「適当に扱っているか」見えてきた。そして、その「適当さ」の極みがTシャツのインとアウトに現れていることに気づいてしまい、それがそのまま研究テーマにスライドしていった、という感じです。

1989年から1991年に若者たちは何の影響で「タックアウト」したか

速水:この本で最も大きなミステリーは、みんながシャツをインしていた時期とアウトにした時期を特定するということですよね。それがまさに90年前後で、僕らはまさに88年、89年頃に「イン」か「アウト」かを判断した世代なんです。あのとき、何の影響でインしていて、何の影響でアウトにしていたのか、本を読みながら走馬灯のように考えました。たしかに高畑さんが指摘する通り、88年、89年あたりに境目があると感じます。その転換点は、どのように特定されたのでしょうか。

高畑:2014年の修士論文では、89年から91年までの3年ぐらいの話しかしていないんですよ。なぜかというと、その時期に東京の若者たちがTシャツの裾を出し始めて、それが一般化したからです。裾が出るまでに結構グラデーションがあって、その3年間を「テクニック期間」と呼んでいます。1989年に「渋カジ」が雑誌で特集されて全国区になったのと、『メンズノンノ』のおしゃれスナップで撮られた人がTシャツの裾を出していたというのが、まずひとつのきっかけです。もちろんそれ以前にも裾を出してる人はいるんですけど、感度が高い若者が出し始めたのがその時期なんです。

 もうひとつの基準は、1991年。なぜ91年がその「テクニック期間」の終わりになるかというと、パルコが出している定点観測『月刊アクロス』の中で、91年にTシャツとかシャツの裾出しについて「だらしない!」と激怒する記事があったんですね。

速水:それは『アクロス』の写真のキャプションですか?

高畑:キャプションでも記事の本文でも怒っていますね。「カジュアルと言えば聞こえはいいけど、裾出しはダラシなすぎるだろ」といったことを書いていて、裾出しが一般化したことを嘆いている。つまり感度が高い人たちだけではなくて、モテたいと思っている人はもうみんな裾を出してるよね、ということが言われたのが91年なんです。

 そこまでの3年間は雑誌が「タックアウト、裾出しが今年風だよ」「今は裾を出すのがイケてるよ」と裾出しを促しているんですよね。それがだんだん91年からなくなっていく。

オタクファッションを卒業するためにTシャツのタックアウトを薦める記事

速水:日本の若者のシャツの裾出しの転換点は、ストリートスナップでどのぐらいタックアウトの写真が増えたかをリサーチしたことで見つけたんですね。

高畑:その基準を設定するのに10年ぐらいかかりました。前例がないというか、そういうことを調べてる人はいないので。ストリートスナップを、2種類に分けると流行が見えやすくなる。編集者に集められてカメラ目線で撮られる『メンズノンノ』と、行き交う人を勝手に撮っている、いわば「人々の無意識」を盗撮的に撮る『アクロス』の2種類で比較し、「街の自意識と無意識」で区切るという提案をしたんです。

「イーロン・マスク」から「ガーシー」まで…Tシャツが持つメッセージ性

速水:今日のこの僕が着ているTシャツ、見覚えありますか? 「TECH SUPPORT」って書いてあるんですが。

高畑:見覚え……ないですね。

速水:これは、イーロン·マスクがアメリカ政府の閣議に初めて登場したときに、周りがスーツの中で、自分だけはキャップをかぶってジャケットを上に着て、もう自慢げにこの「テックサポート」と書かれたTシャツを着てたんですよ。それが初登場回で、その瞬間、僕もAmazonでポチってしまった。

高畑:売ってたんだ(笑)。

速水:おそらくイーロン·マスクもAmazonで買ったと思う。

高畑:そのメッセージは、だからアティチュードとしてのTシャツですよね。ネクタイはしないぞっていう。

速水:そうですね。ザッカーバーグだとパーカーのスタイルでしたけど、マスクの場合は自分はスーツを着ないぞというアティチュードを持ってそのステージに行く。そして「自分はテックサポートなんだ」というメッセージなんですよね。政府のテクニカルアドバイザーを俺がやるんだというメッセージのTシャツを自信満々に着ているのが面白くて。

高畑:なるほど。

速水:僕は「世紀の瞬間のTシャツ」というのを本にしようとしたことがあるんですが、『Tシャツの日本史』の続編としてやってみませんか?

高畑:やりましょう! 絶対やりましょう!

速水:近年で言うと、ガーシーがドバイから送還された際に着ていたピカチュウのTシャツも話題になりましたね。覚えてますか?

高畑:え…、どんなものでしたっけ?

速水:水色のTシャツで真ん中に大きくピカチュウが描かれているピエール·バルマンのものなんですが、彼が寝巻きで外に出たときに拉致されて、いろいろ引きずり回されて、そのまま着てきたTシャツだったようです。周りにジャケットを貸してくれと頼んだようですが、誰も貸してくれなかったようで、見せしめのようにピカチュウ姿が撮られてしまった。ピエール·バルマンのTシャツはその後、メルカリで高値がついたそうですが、そういった世紀の瞬間にTシャツでアピールしたいタイプと、うっかり着てしまったタイプと、色々あるのも面白いです。

高畑:それで言うと、今回の本はそういった時事ネタは一切入れられていないんですよ。たとえば堀江貴文さんがTシャツ姿で球団買収の交渉に行って怒られた事件も年表には入れてあるんです。

速水:ナベツネ(渡邉恒雄)がホリエモンに「Tシャツとは何事だ!」って怒ったというやつですね。ホリエモンはその後、Tシャツのキャラクターを背負って、衆院選で出馬したときには「改革」と大きく書かれたTシャツを着ていたこともあった。

高畑:あとは、小室圭さんが空港で撮られた写真で、上着の下からダース·ベイダーが少し覗いていたとかもありますよね。この本は「Tシャツと思春期の同調圧力」がテーマなので盛り込めなかったんですが、ニュースになるTシャツの話はたくさんありますね。

速水:「Tシャツの現代史」もまだまだたくさん書くことがありそうですから、続編は『Tシャツの事件史』としてもまとめられそうですね。この本はかなりのリサーチを経て書かれていますが、他にも書けなかったこともたくさんあるんですよね。

高畑:たくさんありますね。本が出た後もリサーチは続けていて、例えば、ジャケットにTシャツを合わせるスタイルがいつからあったのか調べていたら、1951年の『スタイル』という雑誌に行き着きました。最初の例ではないとは思うんですが、銀座の昼間のダンスホールに女性のレポーターが潜入して、どんなやつにナンパされるかっていう記事が載っているんですが、そのなかでテイラードジャケットに白Tシャツを合わせたナンパ青年が「アンダーシャツ氏」と呼ばれているんです。

速水:へえ~。

高畑:アンダーシャツを2枚着て、その上にジャケットを合わせるという。戦略として下着を2枚着てナンパをするというスタイルが1951年にすでにあったと。

雑誌『スタイル』のアンダーシャツ氏

速水:それは、何のアピールだったんだろうね。

高畑:やはりセクシーなんじゃないですか。下着で街に出るという。Tシャツの運命を変えたと言われるマーロン·ブランドよりも先に、銀座のよく分からない若者がTシャツ2枚着てナンパをしていたということが雑誌を見て分かったんです。

速水:なるほど! 下着を見せること自体がセックスアピールというところがあるのか。

高畑:あとは、たとえばアニメ『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』のシュウジ·イトウは、『新機動戦記ガンダムW』のヒイロ·ユイ以来、30年ぶりにタンクトップをタックインするキャラではないかと。

『新機動戦記ガンダムWキャラクターズコレクション』の表紙。タンクトップのタックインに注目されたい

速水:タンクトップのタックイン。

高畑:ガンダムでいうと1995年の『新機動戦記ガンダムW』まではタックインで、翌96年の『新機動戦記ガンダムX』ではTシャツの裾を出しているんですね。なので『ジークアクス』で30年ぶりに、おそらく確信犯的にタンクトップのタックインがリバイバルしてるんですが、そこを気にしている人は少ないな、とか。本の中では数行ふれているのですが、もっと掘り下げて入れたかったネタがたくさんあります。

速水:今日喋っただけでも本の中で触れていない話がたくさんありますね。資料もいっぱいお持ちですし、まだまだおそらく喋り足りないと思います。これは改めて、是非、またご一緒しましょう。

高畑:ありがとうございました。

■書誌情報
『Tシャツの日本史』
著者:高畑鍬名
価格:2,200円
発売日:2025年8月21日
出版社:中央公論新社

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