憂鬱以上、うつ未満「半うつ」とどう向き合うべき? 精神科医・平光源が語る、現代社会への処方箋

平光源『半うつ 憂鬱以上、うつ未満』(サンマーク出版)

 2022年の第2回メンタル本大賞優秀賞を受賞した『あなたが死にたいのは、死ぬほど頑張って生きているから』(サンマーク出版)の著者、平光源氏がこの秋、『半うつ 憂鬱以上、うつ未満』(同社)を刊行。発売してすぐに4万3000部を突破する大ヒットとなっている。本書が提示する「うつ未満=半うつ」を自覚している人が、それほどまでに多いということなのだろう。今回は半うつを生み出してしまう現代日本の社会状況と、医師でありながら執筆に携わることになったきっかけについて、平光源氏に聞いてみた。

お互いを許し合える社会に向かっていけば

ーー「半うつ」という耳慣れないながら、見た瞬間にスッと入ってくる言葉がタイトルに使われています。今回、どうしてこの「半うつ」を取り上げようと思ったのでしょうか?

平光源(以下、平):まず、本当にうつ病になってからクリニックに行くと、回復するのにとても時間がかかるんです。そうなる前に皆さんが自分で気づいて、セルフケアができたら心療内科に来なくても良かったのにと思っていました。

 人はもともと「レジリエンス=自分で回復する力」を持っています。だからこそ、うつになる途中の段階にあえて「半うつ」という名前をつけて、そのことでみなさんが意識できるようになれば、取り返しのつかない状態になってしまう人が減り、社会がもっと幸せになるんじゃないかと思いました。

 私としては、「半うつ」は単なる病名ではなく、自分自身と周囲の人々に認められ、支えられるという希望を表す言葉なのです。本当の病気になる前のその状態に名前がついていないと、どうしていいかわからないし対策も取れない。だから、あえて名前をつけました。「半うつ」という言葉を通して、その人の苦しみをしっかりと認め、同時に周囲もその状態を理解し、支えることができる。そう信じています。

ーー「半うつ」の人は増えていると感じますか?

平:増えていると思います。今は成果主義だったり効率が優先されたりする社会で、どうしても他人と比較される機会が増えています。そのような社会では個人に対する要求がどんどん強くなっていくので、「自分は効率よく仕事できていないから」と、落ち込んだり不安になったりする人が多いのではないでしょうか。

ーー「タイパ(タイムパフォーマンス)」という言葉に振り回されている人も多いと思います。

平:みんな、悪気はないと思うんです。たとえば、「残業時間が多いから残業を減らしましょう。でも、必要な成果は変わりません」となったとき、どうしても仕事を効率よくまわさなければなりません。私の患者さんで、うつから体調が良くなって仕事に復帰した人がいました。ゆっくりやればできる方だったんですが、残業はダメと言われて急いで作業をしたためにどうしてもミスをしてしまい、うつが再発してしまったんです。国も会社も個人も家族も悪気はなくて、人のために一生懸命考えてやっているんですが、結果的にどんどん窮屈な社会になっている気がします。

ーーどのような社会や組織を目指していけばよいのでしょう?

平:たとえば、現代社会における問題のひとつに学校と親の関係がありますよね。今の学校は児童の親からのクレームに、とても敏感になっています。クレームを入れる親からすると、自分は仕事でこんなに一生懸命やっているのに学校側はちゃんとやっていない、という気持ちがあるのでしょう。結果的に学校側も、PTA主催の夏祭りは親の負担が大きいからという理由でやめたりと、親からなにか言われそうなことはやらなくなってきています。

 ただ、そういった時に、お互いの不足点ばかりを指摘し、非難し合うのではなく、失敗を受け入れ、認め合うほうが、ずっと過ごしやすい社会になっていくのではないでしょうか。失敗してもやったことに価値があることを認めて、それを受け入れる。私も失敗するから、学校が失敗しても許してあげる。競争から共生へ。お互いを許し合える社会に向かっていけばいいかなと思います。

つらい状態の人の心に、言葉でポッと明かりを灯す

ーーそのメッセージは、本書からもしっかりと伝わってきます。そもそもの話になりますが、精神科医である平さんが、本を書こうと思ったきっかけはなんだったのでしょう?

平:大学の医学部受験で三浪が決まってうつ病のような状態になったとき、叔母からかけられた言葉があるんです。5月の連休明けに予備校にも行かず風呂も入らずな状態のとき、叔母が訪ねてきてくれました。

 人に会うのが嫌で、励まされるのも叱られるのも嫌だったんですけど、叔母はそういうことは言わず、私の手に5000円札を握らせて「勉強ばかりしていると頭がおかしくなっちゃうから、これで好きなものでも買って、パーっとしてきなさい」と冗談交じりに言ってくれたんです。それを聞いたときに高校1年から5年間、ずっと心の中にあった義務感の鎧がパリーンって砕けるような感覚があったんです。そして、こういうことをスッと言える人になりたいって思ったんです。本当にしんどくてつらい状態の人の心に、言葉でポッと明かりを灯す。そういう仕事をして、いつかは本を書きたいなと思うようになりました。

ーー実際に医学部に入って医師になって、その思いはすぐ実現できたんですか?

平:大学を卒業して、いざ大学病院で働いてみると、教授の言いなりであちこちの病院の当直に行かされる日々でした。日中は外来の患者さんを診て、夜はよそで当直。4か所ぐらい、1か月に8~10回は当直をしていました。

ーーかなりのハードワークですね。

平:外来ではたくさんの患者さんが来られるので、前の先生が出したのと同じ処方箋を出し続ける、いわゆる「処方マシン」になっていました。大学病院をやめて別の病院に就職しても、結局、外来で1日100人の患者さんを診なくてはならない。また同じような「処方マシン」になって、それが当たり前になっていました。

 そんなときに2011年3月11日の東日本大震災が起きました。まわりの病院は水に浸かってダメになってしまったんですが、私が働いていたところは無事に残っていたので、たくさんの患者さんがやってきたんです。そのときに、叔母のことを思い出して、「自分も死んでいたかもわからない。どうせいつか死ぬなら自分のやりたいことをやろう」と思って、開業を決意したんです。開業してからは自分のペースで仕事ができたので、改めて本を書きたいと思い、いろいろな御縁をたどっていった結果として出版することができたんです。

私たちは生きているだけで十分

ーーご自身もうつ病状態でした。人は誰しもうつ病になってしまう可能性があります。自分のことについては、本書を読んでもらうのが一番だと思いますが、もし、周りの知り合いが「半うつ」になったら、どう接すればいいのでしょう?

平:わかりやすいたとえとして、「認知症の患者さんをどうやって病院に連れていくか」というのが参考になると思います。その人は自分が認知症だとは認めたくないけれど、家族は明らかにおかしいと思っている。そういうときには、まず相手の言葉を否定してはいけません。相手が認知症じゃないと言ったら、「そうだよね」と返す。まずは相手を否定しない状態に立って、「でも、これから物忘れがひどくなると困るから、今のうちに検査を受けておいたほうがいいんじゃない」と話をする。相手を否定すると態度が固くなってしまうので、まずは意志を認めたうえで、「あなたのことが心配だから、少しでも良くなるようにサポートしたい」という思いを伝える。そうすると、相手の心もオープンになっていきます。

 相手の気持ちを変えることは基本的に無理なんですけど、相手の心を開かせることはできます。そうなってから言葉を投げかければ、心が動いて行動が変わることがあるので、まずは「あなたのいうことなら聞くわ」という関係性を作ることが大切です。

ーーうつ状態の人にとって、周囲の人の言葉、支えというものは大事なのでしょうか?

平:私も医師になってから「半うつ」の状態になってしまったことがあります。そのときは妻やまわりの人たちが自分のことを気にしてくれたり、そばで一緒にいてくれました。そういう人たちの存在は、とても心強く感じました。

 ただ、うつ状態の人にとって、あまり心配して近くにいられるというのも、つらいんです。うつになる人は真面目だったり完璧主義だったりするので、誰かがそばにいると、「こんな状態の私と一緒にいて申し訳ない」とか、「あなたにこんな思いをさせて情けない」とか考えて落ち込んでしまうんです。だから、一緒の部屋にはいないけれど、ひとりにはさせない。壁一枚へだてた隣の部屋にいて、互いに動いているのを感じている。それぐらいの距離感が、一番いいと思います。うつの家族の方は気を使って静かにしがちなんですが、楽しかったら笑っていいし、泣いたり怒ったり、普通に生活していていいんです。そういう人が壁一枚、へだてた隣の部屋にいてくれれば、人というのは「回復する力」を持っているので、だんだんと戻っていくと思います。

ーーご自身がうつ状態にならないよう、心がけていることはありますか?

平:「良いこと日記」を書くようにしています。その日、1日の良かったと思うことを、書かなくてもいいので寝る前に3つ、布団の中で思い浮かべるんです。これをすると、自分の意識がプラスに向かう練習になります。

 それと、日々の生活の中で相手に感謝する「感謝日記」もおすすめです。自分にオーケーを出して、相手にもオーケーを出す。自分も他人もオーケーなら、世界中がオーケーになるので、世界中すべてが許される楽園になるんです。まずは自分を認めて相手を認める。すごくシンプルですが、心を整える上で強力なツールになるので、ぜひやっていただきたいです。

ーー最後に、本書で一番、読者に伝えたかったことを教えてください。

平:私たちは生きているだけで十分なんだということです。なにかを達成しなくても成果を出さなくても、生きているだけで素晴らしい、かけがえのない存在なんだということに気づいてほしいんです。私は震災で生死の境を経験したり、過去にいろいろな患者さんの最後を見て、そう思うようになりました。人は自分が死にかけたり、誰かの死に目にあったりしないとなかなか気づかないんですけど、その前に気づいてほしいなと思います。

■書誌情報
『半うつ 憂鬱以上、うつ未満』
著者:平光源
価格:1,650円
発売日:2025年9月24日
出版社:サンマーク出版

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