『#DRCL』坂本眞一の”美”に迫る展覧会が凄い 現代的な新しさを兼ね備えた芸術作品が眼前に
『イノサン』、『#DRCL midnight children』 などで知られる漫画家・坂本眞一の画業35周年を記念した展覧会「坂本眞一クロニクル:Present」が、現在、東京・銀座のヴァニラ画廊で開催中だ(2025年9月28日[日]まで)。
【写真】圧倒的な美……! 描き下ろしのメインビジュアルほか坂本眞一展覧会の様子
坂本眞一は、1972年生まれ。1990年、「週刊少年ジャンプ」第70回ホップ☆ステップ賞入選、その後、同作「キース!!」にてデビュー。その後に描かれた『孤高の人』、『イノサン』(およびその続編である『イノサンRouge』)などの圧倒的なヴィジュアル表現と壮大な人間ドラマは、数多くの読者を魅了、現在「グランドジャンプ」にて連載中の『#DRCL midnight children』では、さらにそのハイレベルな漫画表現の幅をひろげようとしている。
なお、今回の展覧会では、『#DRCL midnight children』から、作品106点と油絵2点、作者の私物資料(衣装、カメラ、書籍など)が展示。また、人形作家・神宮字光によるオマージュ・ビスクドール2体も飾られている。
展示されている作品を生で見てあらためて驚かされるのは、やはりその、デジタル・ツールを駆使した、過剰ともいえる濃密なヴィジュアル表現の数々だろう。装飾過多、画面に散りばめられた暗喩と象徴、夢の再現、蛇状に捩じれた人体のポーズ、劇的な空間表現、白と黒の強烈なキアロスクーロ、などなど――そうした独特な美学に貫かれたスタイルやテーマ、モチーフは、マニエリスム、バロック、そして、シュルレアリスムといった過去の芸術様式を思わせながらも、極めて現代的な“新しさ”も兼ね備え、作者の「漫画は絵ありきだ」という信念が伝わってくる。
もちろん、絵だけではない。実際に坂本の漫画を読めばわかるが、彼の描く主人公たちは、シャルル=アンリ・サンソン(『イノサン』)にしても、ウィルヘルミナ・マリー(『#DRCL midnight children』)にしても、“キャラが立って”いる。つまり、坂本にとって過剰なヴィジュアル表現とは、あくまでも「人間」をリアルに描き出すために必要な舞台装置のようなものだともいえよう。だからこそ彼の漫画は、多くの読者の心に響く(時にかき乱す)“何か”を持っているのではあるまいか。
古典的ホラー作品に取材した、「現代」とリンクする物語
『#DRCL midnight children』は、ブラム・ストーカーの小説『ドラキュラ』(1897年)を原案とする物語である。ただし、吸血鬼と敵対することになる主要登場人物の設定を、成人の男女からイギリス・ウィットビーのパブリック・スクールに通う少年少女に変更するなど、ストーカーの小説に大胆な改変が施されている(有名なヴァン・ヘルシングは、こちらの漫画にも登場する)。
主人公の名は、ウィルヘルミナ・マリー(ミナ)。メイドとして働きながら学校に通う校内ただ1人の「女生徒」だが、彼女の他にも、東洋(日本)から来た精神医学者志望の少年、テキサス出身の黒人少年、夜になると少女に変身するアンドロギュヌス的な美少年など、この物語に出てくるキャラクターたちは、どこかマイノリティな一面を持っている者ばかりだ。
物語は、そんな彼らが、謎めいた座礁船とともに訪れた怪異と遭遇することで、静かに動き出す。
ちなみに、ストーカーの小説には、19世紀のロンドンを襲った、コレラ第5波のパンデミックが反映されているのだという。たしかに、異国で発生した未知の病原菌が、理不尽な形で身の周りに増殖していく恐ろしさは、吸血鬼のそれを思わせる。
坂本眞一は、そんなパンデミックの恐怖の物語を、コロナ禍のさなかに、『#DRCL midnight children』という作品で現代に甦らせた、ともいえるのだ(同作の連載開始は、コロナ禍の先行きがまったく見えない2021年のことであった)。さらにいえば、タイトルにある「#」は、SNSなどで、匿名の悪意が際限なくひろがっていく様子を、感染症の拡散になぞらえていることの表われだともいえよう。
とはいえ、もちろん、コレラ菌やコロナウイルスに「悪意」(人格)はない。ゆえにストーカーは、「吸血鬼」という現象そのものは「善/悪」の二項対立を越えた存在として描いており(むしろ、彼が作中で対立させているのは、「西/東」、「都市/自然」、「中心/周縁」、「現在/過去」などである)、実際、ドラキュラ伯爵は、(作劇上の「悪役」ではあるものの)「英雄にして怪物」という両義性を持ったキャラクターとして設定されている。坂本眞一もまた、このあたりの考え方は踏襲しているように思える。
『#DRCL midnight children』が伝えるメッセージとは
なお、『#DRCL midnight children』の「episode 0」(単行本第1巻の巻末に収録)を読めば、この物語が、ミナがタイプライターで書いた記録がもとになっているということがわかるのだが、その中で彼女はこんなことを書いている。
(この文章は)「性別、国境、身分の差を越えて、多様な私達が協力し合い、勝利を獲得するまでの全記録である」――と。
そう、この言葉は明らかに、ポスト・コロナの時代を生きる私たちへの作者からの(ミナからの?)メッセージになっているといえよう。もしかしたらいま、私たちは、あらゆる「差」を越えて、わかり合える最後のチャンスを逃しているのかもしれない。他人事のように、「分断の時代」などといっている場合ではないのだ。
■「坂本眞一クロニクル:Present」開催情報
開催日時:2025年9月6日(土)〜9月28日(日)
展示会場:ヴァニラ画廊
アクセス:〒104-0061 東京都中央区銀座8-10-7東成ビル地下二階
営業時間:平日12:00~19:00(最終入場18:30まで)
土日祝12:00~17:00(最終入場16:30) 会期中無休
入場料:1,000円(税込)
公式HP:https://www.vanilla-gallery.com/archives/2025/20250906ab.html
■「坂本眞一クロニクル:Present」のオリジナルグッズはヴァニラ画廊のウェブストアでも絶賛販売中!:https://store.shopping.yahoo.co.jp/vanilla-gallery/
※「漫画作品」カテゴリに登録されています。
©坂本眞一/集英社
【写真】圧倒的な美……! 描き下ろしのメインビジュアルほか坂本眞一展覧会の様子