『皇国の守護者』『幼女戦記』『オルクセン王国史』に連なる名作となるか? 異世界戦記もの『アキツ大戦記~竜の国~』がおもしろい

 佐藤大輔の『皇国の守護者』、カルロ・ゼンの『幼女戦記』、樽見京一郎の『オルクセン王国史』。「好きな異世界戦記もの」と訊かれたら、まずこの三作を挙げるだろう。独自に構築された異世界の歴史・風土・社会を踏まえた戦記は重厚であり、夢中にならずにはいられないのだ。そんな諸作に連なる新作が現れた。扶桑かつみの『アキツ大戦記~竜の国~』上下巻だ。「あとがき」で作者が“なお本作は、「剣と魔法」の時代が過ぎ去り蒸気機関の使用一般的な時代となったファンタジー世界が舞台で繰り広げられる「近代戦争」がテーマです”と書いているので、異世界戦記ものといっていいだろう。

原点は司馬遼太郎『坂の上の雲』? 『アキツ大戦記』扶桑かつみ×『オルクセン王国史』樽見京一郎スペシャル対談 

極東の国家「アキツ」に集った魔人や亜人が、大陸から迫り来る只人たちの侵攻に立ち向かう。7月30日にGCノベルスから上下巻で発売の…

 極東のアキツ国(秋津竜皇国)は、魔人・亜人の多民族国家である。西方では只人(ヒューマン)至上主義が横行しているが、独立を保っている。それどころか、魔石により莫大な利益を得ている経済大国であり、世界最大の大東洋に面する地域の七割以上という広大な海外領土を有する領土大国でもある。西方列強にとっては、目障りでならない存在なのだ。

 長い歴史を持つアキツ国だが、半世紀前の『変革』により、竜を君主とする近代国家となった。そして、近代科学文明を急速に発展させる西方列強にも対抗できるよう、新たな制度や文化を取り入れながら、牙を磨いているのである。

 そのような状況の中、アキツ国の軍人で、蛭子衆の甲斐・鞍馬・磐城・朧の四人は、任務によりタルタリア帝国に侵入。小規模な戦闘もしながら、情報を持ち帰る。この甲斐が本書の主人公だ。ちなみに蛭子衆とは軍人であるが、国ではなく君主である『竜皇』に仕えており、太政官が『竜皇』の代理になっている。蛭子と呼ばれる者たちは特殊な形で生まれ、大きな魔力を持つが、地縁血縁とは切り離された『忌み子』であり、国家に育てられている。軍人になる者が多いが、他の仕事に就く者もいる。国家の駒としての制約はあるが、現在では差別などはないようだ。甲斐たちが差別されてやり返すといった単純なエピソードを排し、名前の付け方など、ちょっとしたことで蛭子の置かれた立場を表現する、作者の手腕が素晴らしい。

 ついでに甲斐たちの説明もしておこう。甲斐は鬼(オーガ)と呼ばれる種族。二つ名は『凡夫』だが、非常に優秀である。甲斐の右腕で恋人の鞍馬は、天狗(エルフ)のように見えるが大天狗(ハイエルフ)だ。二つ名は『天賦』。才能の塊である。緑の肌の巨漢・磐城は大鬼(デーモン)。二つ名は『鉄壁』。銃を得意とする朧は、白虎の半獣(セリアン)。同じ種族ですらあり得ない視力と精度を誇り、二つ名は『魔眼』である。それぞれに個性的な彼らが魅力的だ。

 書評なので整理して書いてしまったが、作者はアキツ国や甲斐たちの情報を小出しにして、読者の興味を惹きつける。そしてだんだん、断片的な情報を組み合わせることで、この世界のいろいろなことが理解できるようになっているのだ。だから読み進めると、加速度的にストーリーにのめり込んでいくことになる。

 任務が終わった甲斐と鞍馬は、『竜都』で、伝説の大剣豪の大天狗・金剛と、彼女が守護するふたりの少女と出会う。ひとりは、三之御子。『竜皇』の依り代である『竜の御子』の三番目だ。もうひとりは、非公式に理由岳中のタルタリア帝国第三皇女のアナスタシア・ソフィア・アレクセーエグナ大公女である。金剛は甲斐と鞍馬の師のような立場になり、ふたりを鍛える。また、アナスタシアの懇親会で、甲斐が襲撃してきた敵の使った閃光弾にとまどったり、鞍馬が反タルタリアの地下組織に所属する人物と知り合ったりする。アナスタシアは大きな火種になりそうな気配があり、今後の展開が楽しみだ。

 一方、アキツ国のトップたちの場面も随所に挿入され、西方列強の先兵となったタルタリア帝国との戦争が迫っていることが実感できる。戦争に備えて蛭子衆は、特務旅団として再編される。甲斐は特務旅団第1大隊の大隊長、鞍馬は大隊副長となる。タルタリア帝国の国境近くに、軍事演習の名目で出陣した甲斐たち。新兵器の運用訓練などをしていたが、タルタリアの亜人たちが亡命してくるという事案が発生。国境で亡命者たちを受け入れる騎兵の手助けを頼まれた第1大隊だが、事態は思わぬ方向に転がっていく。

 対タルタリア戦に備えていたアキツ国だが、亡命者を利用したタルタリア側に先手を取られて、なし崩しに戦闘に突入。これを開戦の理由にしようとするタルタリア側と、なんとか紛争で収めようとかる甲斐、だが、突出した魔力を持つ蛭子衆でも、個々の力には限界がある。多数の亡命者を抱えて窮地に陥った甲斐たちが、いかにして状況を打開するのか。近代兵器と魔術が入り乱れる戦いが、とにかく滾るのだ。

 さあ、いよいよ戦争が始まった。物語はこれからが本番。この物語世界でなければ描くことのできない“近代戦争”の行方と、蛭子衆の戦いを、最後まで見届けたいのである。

 最期に出版社に注文。次の巻から世界地図と登場人物表を付けてほしい。それがあれば、さらに作品の理解が容易になるはずだ。


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