猫にカピバラ、パグにアクアリウム(魚)……。もふもふたちが織りなすアンソロジーに癒される
8月20日に発売された『もふもふ ふわふわ どうぶつ癒しのアンソロジー』は、「ことのは文庫×pixiv 『カワイイ動物たちが大活躍!もふもふ小説コンテスト』」短編部門の受賞作4作と、ことのは文庫の人気作の番外編2作を収録したアンソロジーだ。
バラエティ豊かな動物たちがくり広げる多彩なアンソロジー
犬や猫はもちろん、カピバラやパグ、タヌキにアクアリウム(魚)と、本書に登場する動物たちは実に多彩だ。
最初に収録されている川奈あさ「水曜日のアクアリウム」は、仕事に行き詰まったCMプランナーの宮森が主人公。せっかくのノー残業デーだが、仕事に行き詰まりを感じている宮森は、営業の有村から自宅のアクアリウムを見に来ないかと誘われる。宮森のささくれた心に鮮やかな印象を残すオレンジの体色に黒い模様を持つラスボラ・ヘテロモルファや、宮森が惹かれるイソギンチャク「ロングテンタクルアネモネ」など、作中に登場する生き物の描写は細やかで、著者の愛を感じる点も読んでいて楽しい。
迷いながらも仕事に向き合う宮森を素直に応援したくなるお仕事ものと、アクアリウムを介して緩やかに変化する有村との関係の行方が気になる恋愛もののバランスが心地良い一編だ。
続く桜花香里「春夏冬珈琲店へようこそ ~夢を食べるパグ~」は、珈琲店が舞台のお店ものかと思いきや、人の悪意から生まれた悪夢と戦う退治ものだ。就活の悩みを抱える大学生の来海は、サークルの先輩・尚也が営む珈琲店を訪れる。来海は知らないが、尚也は悪夢に苦しむ人を救う「夢使い」で、ペットのパグの正体は夢を食べる「貘」だった。来海の悩みに悪意の影を見た尚也とパグは、彼女の夢の中へと入り込む。丁寧な口調の尚也と憎まれ口を叩くパグのコンビのやりとりはコミカルで楽しく、まだまだ語られていないバックボーンがありそうだ。
仲野ゆらぎ「プレオープン・レトリバー ~薫りたつ想いをワンと叫ばせて~」は、ゴールデン・レトリバーとラブラドール・レトリバーが引き寄せた出会いから始まる。大学生の朝陽はペットのイザヨイとの散歩中にカフェのオーナー・薫と知り合い、一週間後に控えたプレオープンの準備を手伝うことになる。
朝陽が惹かれていく薫はのんびり屋で、するりと人の懐に入り込むようなあざとさもある人物だ。まっすぐな朝陽が思っているほど、薫は柔らかいだけの男性ではないのでは……? という気がしつつも、そのアンバランスさに惹かれるのかもしれない。終盤でイザヨイが見せた活躍は、読みながら映像が浮かぶ印象的なシーンだ。
カピバラとの共同生活が浮かび上がらせる、「普通の幸せ」
中でも心に残ったのは、藤喜「カピバラのよーこさん」だ。一人暮らしのアラサー・ひとみは、両親から突然カピバラをプレゼントされる。なぜか人の言葉を話す一人称わたくしのカピバラ・よーこさんに戸惑いつつも、ひとみは彼女と生活を共にすることに。
始まりこそ唐突だったものの不思議と穏やかな共同生活に慣れてきたひとみは、なぜ動物園にいたよーこさんが自分のもとへやって来たのかを教えられるのだった。
物語が進んでいくにつれて、著者の柔らかで優しいまなざしは「普通の幸せ」とは何かをすくい上げていく。よーこさんは自分がイレギュラーな存在であると認めつつも、「普通」のカピバラとしての幸せを欲しいと思っている。そんなよーこさんに、ひとみは「普通の枠に収まらなくても、幸せって手に入るんじゃないかな」と語りかける。なぜって、ひとみにとって友人であるよーこさんとの日々は楽しくて幸せだからだ。
人は誰しも、多かれ少なかれ社会通念や同調圧力の「普通」を意識しながら暮らしている。人の数だけ幸せは異なると思うのに、いわゆる「普通」のレールから逸れることがたまらなく恐ろしい瞬間がある。同時に、「普通」を選ぶのもけっして悪いことではない。ただ、何を幸いとするかによって分かたれてしまう道もあるだけで。ひとみとよーこさんが過ごした一年が穏やかで優しいものとして描かれるだけに、選ばれた「幸せ」がもたらした結末には胸を締めつけられる。
著者はふだんVtuberとして活動しているそうだが、今後もぜひ書き続けてほしい。
人気シリーズの書き下ろし短編も収録
本書には、コンテスト受賞作だけでなく、ことのは文庫の人気シリーズも登場している。
植原翠『おまわりさんと招き猫』は、新米警察官の小槇くんと人の言葉を話す不思議な猫のおもちさんが下町情緒あふれる海辺の町で出会う「人とあやかしの間のできごと」を描いた人気シリーズだ。
本書のために書き下ろされた短編「崖っぷちに猫」の主人公は、職場は倒産し彼氏にも振られて踏んだり蹴ったりな社会人・幸。公園でやけ酒を煽る彼女の前に現れたのは、「人の願いを叶える猫」と名乗るおこげさん。神出鬼没のしゃべる猫を怪訝に思いつつも、幸は自分の中にあるもやもやと向き合いながら前を向こうとする。誰しも覚えのある身近な人への羨望や、形は変わっても褪せない夢に胸を打たれる一編だ。
もう一編の書き下ろし「もふもふ尻尾と流星群」は、ことのは文庫が贈る人気作の一つ『極彩色の食卓』の著者・みおによる『彼女は食べて除霊する』の番外編。
何かと怪異の多い波岸町のぼろアパートに暮らす除霊師・小百合と、不本意ながら彼女と同居する自称・元人間のジャーマン・シェパード・ドッグのケンタは、彷徨う幽霊を時に導き、時に祓っている。ケンタは「流星群を見る約束を果たすために動物園に案内してほしい」という狸と出会い、不本意ながらも道案内を引き受けることに。俺様ではあるが誰かをやすやすとは見捨てられないケンタと小百合との関係をもっと知りたくなったら、既刊に手を伸ばしてみてほしい。