連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2025年7月のベスト国内ミステリ小説

酒井貞道の一冊:新野剛志『粒と棘』(東京創元社)

 終戦後十年間程度の東京を舞台とした連作短篇集で、一部登場人物の再登場等で各篇はゆるやかに繋がる。主に犯罪を通して、戦争で揺らぎ一部は崩れ、戦後に変容した日本社会を市井の視点から描き出している。「幽霊とダイヤモンド」に見られる、ほぼ自棄と言って差し支えない情熱や執着、「少年の街」での戦争孤児たちの悲惨、「手紙」に見られる荒廃した人間の善意、「軍人の娘」で描かれる女性の自立、「幸運な男」の倫理、「何度でも」の数奇な運命、いずれもこの時代だからこそこうなった側面が強い。心に沁みる作品群である。

杉江松恋の一冊:歌野晶午『中にいる、おまえの中にいる。』(双葉社)

 某作品の続篇なのだが、予備知識なしに読むとびっくりする。あの作品に続篇がありえたのか。視点人物の栢原蒼空は他人を拒絶して生きているように見える青年で、その理由がまずとんでもない。『女王様と私』あたりから続く、会話と語りを歪ませてそこに現実を超えたものを流し込んでいく技法がここでも使われており、読むと作者の魔術に化かされることになる。人間のとげとげしい悪意をここまでむきだしに書ける手腕にも、なのにちゃんと娯楽小説に仕上げられることにも感心させられた。歌野晶午には、ずっと黒いままでいてもらいたい。

 待望の短篇集第二弾と、お久しぶりの大河シリーズに人気が集まった7月でしたが、それ以外にも黒い気配の漂う作品が多く、全般としては硬質な印象を受けました。人間とは何か、ということをこの機会に考え直してみてはどうか、ということでしょうか。来月もまた、このコーナーでお会いしましょう。

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