『りゅうおうのおしごと!』ついに完結へ 将棋界からも高く評価された、棋士たちの熱い人間ドラマを振り返る

 白鳥士郎の人気ライトノベル『りゅうおうのおしごと!』の正編が、20巻で完結した。『このライトノベルがすごい!2017』の文庫部門ランキング1位、『このライトノベルがすごい!2020』で殿堂入りなど、ライトノベル・ファンから支持される一方、第28回将棋ペンクラブ大賞優秀賞を受賞するなど、将棋界からも高く評価された。それも当然だろう。本シリーズは、とにかく面白く、そしてメチャクチャに「熱い」、棋士たちの人間ドラマなのだから。

 物語の主人公は、プロ棋士の九頭竜八一だ。小学校三年生のときに、小学生将棋名人戦で優勝。その後、奨励会に入り、115歳2か月でプロ棋士となる(史上4人目の中学生棋士)。16歳1か月で竜王の碓氷尊を破り、タイトルを奪取。史上最年少のタイトル保持者となる。しかし竜王になってから大スランプに陥った。11連敗を喫し、ネットの巨大掲示板では〝クズ竜王〟と叩かれている。そんな状況の八一のもとに、小学三年生の雛鶴あいが、弟子にしてもらうとやって来た。あいを受け入れた八一は、なんだかんだと騒動を繰り広げながら、将棋の道を進んでいく。

 この八一に比肩する重要な存在として、先に触れた雛鶴あい、そして八一の姉弟子で、後に史上初の女性プロ棋士になる空銀子がいる。その他にも、あいに続いて八一の弟子になる小学生の夜叉神天衣、八一と銀子の師匠である清滝鋼介とその娘の桂香、やたらと八一を慕う史上初の小学生棋士の椚創多など、多数の人物が登場。将棋に人生を賭けた人々の人生が交錯するのだ。

 ところで作者は5巻の「あとがき」で、1巻の発売数日後に担当に、「5巻で終わりにしようと思います」と、提案したことを書いている。それもあって、全力投球したのだろう。5巻は八一と“名人”の対局がメインだが、これが熱い。熱すぎる。驚くべく対局の行方も含めて、とんでもないものを見せてもらったと、読んでいるこちらの胸まで熱くなった。

 それだけに、5巻で完結せず続くことを嬉しく思いながら、このテンションに匹敵する対局を表現するのは、無理ではないかと心配になったのである。しかし杞憂もいいところだ。師匠の鋼介のエピソード。女流棋士の世界と、そこで闘う者たちの矜持。プロ棋士たちの挫折と再起。才能を持つ者と持たざる者の相克。随所に作者らしいギャグを入れながら、ストーリーのベースはシリアスだ。シリーズ後半になると、世界最強のスーパーコンピューターを使用した、100年後の将棋から、将棋というゲームの絶望的な未来が導き出される。そして、あいの宣言から始まった、プロ棋士になるためのシステム変更の是非。このふたつの要素を絡めながら20巻で、八一と、『捌きの巨匠(マエストロ)』と呼ばれる生石充、あいと銀子の対局へとなだれ込んでいくのだ。その結果については書かない。だが棋士たちを通じて描いてきた、将棋の未来と人間の可能性に対する信頼は、最後の最後まで貫かれていたとだけいっておこう。

 ところで長期シリーズだったため、登場人物の中には、意外な人生を歩む者もいる。その最たる人が、清滝桂香だろう。剛介の娘で、八一や銀子の面倒をよく見てきた桂香だが、女流棋士になろうと将棋に打ち込むも伸び悩んでいた。作者は3巻の「あとがきに代えて――『揺れる盤』」で、そんな桂馬というキャラクター誕生の経緯を書き、さらにライトノベルを書いていて辛いと感じることのある自分と重ね合わせ、「桂香には、そんな私の全てを背負ってもらいました」といっている。だからといって、ここまで作者自身を仮託した人物になるとは思わなかった。どいうことか知りたい人は、ぜひとも本書を読んでほしいのである。

 その他にも言及したい人物は山ほどいるのだが、きりがないので止めておこう。その代わり、作品と現実の関係について記しておく。そもそも15歳2か月でプロ棋士、16歳1か月で竜王という八一の設定は、現実的にありえないものであった。ところが藤井聡太が2016年に、14歳2か月で史上最年少のプロ棋士となる。以後、29連勝というとんでもない記録を樹立。将棋ブームが巻き起こった。

 現実にはありえないはずのフィクションの設定が、藤井聡太によって凌駕される。13巻の帯に、「現実に負けるな。いま一番、現実に追い抜かれそうな将棋ラノベ最新刊!」と書かれていて笑ったが、作者としては冗談事ではなかったろう。そんなフィクションとリアルの対局という“盤外編”を見物できたのは、望外の幸運であった。こんな奇妙だが興奮できる読書体験は、今後味わえることはないだろう。なにもかもが「熱い」作品なのである。

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