【連載】嵯峨景子のライト文芸新刊レビュー
キンプリ髙橋海人らの熱演で話題『DOPE』から氷室冴子の代表作『銀の海 金の大地』まで、注目のライト文芸新刊
若木未生『グラスハート』(幻冬舎文庫)
佐藤健が主演&共同エグゼクティブプロデューサーを務める『グラスハート』が、7月31日よりNetflixで配信開始。原作は1993年にスタートした青春バンド小説の傑作で、ドラマに合わせて新装版の文庫が刊行。全6巻セットには書き下ろし掌編「ピースオブライツ」も収録と、ファン必見の内容だ。
女だからと理不尽な理由でバンドをクビになった西条朱音は、「ロック界のアマデウス」と呼ばれる天才ミュージシャン・藤谷直季が新しく結成するバンドのドラマーにスカウトされた。朱音憧れのギタリストで技術に定評のある高岡尚と、多重録音オタクの新人キーボードの坂本一至、それに藤谷と朱音を加えたバンド「TEN BLANK(テン・ブランク)」。何もかもが初めての朱音は必至に食らいつくが、音楽に没頭すると周囲が見えなくなる藤谷に振り回されていくのであった。4人でしか生み出せない音楽を求め、メンバーたちは熱く激しくぶつかっていくのだが……。
Netflixのドラマは原作を最大限に尊重したうえで令和へのアップデートを行い、映像ならではのエモーショナルなシーンで視聴者を魅了する。これ以上はないといえるほど最高のドラマ化であり、原作ファンも大満足の仕上がりだ。ドラマから『グラスハート』の世界にふれた人は、ぜひ原点である小説も手に取り、文字が奏でる至高の音楽の世界に酔いしれてほしい。この夏、日本は『グラスハート』で揺れるだろう。
佐原ひかり『ネバーランドの向こう側』(PHP研究所)
あたたかな両親のもとで愛されて育った実日子は、三十歳の箱入り娘。甘やかされてきたため家事は何もできないが、文化センターで働き何不自由なく暮らしていた。ところがある日、交通事故で親が突如亡くなりひとりぼっちになってしまう。世間知らずの実日子が心配という名目で叔母は勝手に家に上がりこみ、我が物顔で実家を浸食していった。耐えられなくなった彼女は、初めてのひとり暮らしを決意し、メゾン・ド・ミドリで新生活をスタートする。隣に住む大学生のサイトー君や奇声を発する謎の住人新田さん、叔母に無理やり見合いをさせられた椎名らと関わりながら、実日子は大人になろうともがき続けるのであった。
社会の中にいる人間はひとりきりではいられず、誰かと関わりながら生きていかねばならない。30歳にしてこれまでの幸せな世界が突如崩壊した実日子は、コミュ力と行動力を発揮してさまざまな人と関わる中で、自分が抱える孤独と向き合うことになる。私たちにとっても切実な問題に向き合うヒントをくれる小説で、じたばたともがく実日子の姿や成長を通じて、読者の心も励まされるだろう。下は小学生から上は老女まで、幅広い年齢層のキャラクターが登場するのも楽しく、『ペーパー・リリイ』などでも見られた一筋縄ではいかない魅力的な老女の描写は本作でも健在だ。何歳からでも人間は成長できると前に進む勇気をもらえる、大人のための青春小説である。