千街晶之のミステリ新旧対比書評・第9回 カーター・ディクスン『ユダの窓』×岡本好貴『電報予告殺人事件』
ジョン・ディクスン・カー、またの名をカーター・ディクスン。アメリカに生まれ、祖国とイギリスの両国で執筆活動を繰り広げた彼は、密室殺人や人間消失などの謎を好んで扱い、「不可能犯罪の巨匠」と呼ばれている。横溝正史にも影響を与えたオカルト趣味、ユーモア(というかベタなドタバタギャグ)、ラブコメなど、作風を特徴づける個性的要素は多い。
カーター・ディクスン名義の作品には、ヘンリ・メリヴェール卿(通称H・M)という名探偵が登場する。体重100キロの巨漢で、由緒正しき家系に連なる准男爵でありながらまことに下品、口を開けば辛辣な毒舌が飛び出すが、実は心優しく独自の正義感を持つ愛すべき人物だ。そんな彼が活躍する作品のうち、代表作にして異色作なのが『ユダの窓』である。原書刊行は1938年で、数種の邦訳があり、現在は高沢治訳の創元推理文庫版が手に入る。
■『ユダの窓』が異色作である理由
代表作はいいとして異色作とはどういうことかといえば、『ユダの窓』は作中の大部分を法廷シーンが占めるという、カーの作品としては極めて珍しい構成なのだ。
ジェームズ・アンズウェルは、婚約者メアリの父親エイヴォリー・ヒュームの家に呼び出され、酒を振る舞われてそのまま意識を失い、気がつくとエイヴォリーは胸に矢が刺さった状態で死んでいた。現場は密室状態で、出入り可能だった者はいない。このアンズウェルを被告とする裁判で、弁護人として法廷に立ったのがH・Mである。
H・Mは法廷弁護士の資格を持っているが、「この十五年、一度も依頼を受けていない」「最後に法廷に現れた時には、ひと騒動あったらしい」などと紹介されるし、法廷での初登場シーンでは自分の法服を踏んで破いてしまう。語り手のケン・ブレーク(H・Mの友人)ならずとも、本当に大丈夫かと不安になるだろう。ところが、H・Mには勝算があるらしい。彼は言う、「わしに言わせると、犯人はユダの窓から出入りしたんじゃ」と。
果たしてユダの窓とは何か、他に犯行可能な者がいない状態でアンズウェルをいかにして救えるのか、そして真犯人は誰か。普段のオカルト趣味を排し、法廷における丁々発止のやりとりと、ここぞというタイミングで飛び出す意外な証言・証人でサスペンスを演出し、一見単純な事件を多角的に検証して真相をロジカルに浮かび上がらせるあたり、ミステリ作家としてのカーの非凡な腕前を味わえる傑作である。