【連載】嵯峨景子のライト文芸新刊レビュー
『薬屋のひとりごと』『レゾンデートルの祈り』……「蔦重」に「安楽死」など話題のテーマを扱った注目のライト文芸新刊
日向夏『薬屋のひとりごと16』(ヒーロー文庫)
TVアニメが好評放送中で、シリーズ累計4000万部を突破した人気作『薬屋のひとりごと』待望の最新刊。
花街で暮らす薬師の猫猫(マオマオ)は、薬と毒に目がない17歳。ある日、猫猫は森の中で人さらいに捕まり、下女として後宮に売られてしまう。年期があけるまで目立たず無能を装うつもりが、後宮を騒がす乳児の連続不審死の真相に気づき、ほんの少しの正義感から匿名で注意喚起の手紙を送った。これをきっかけに美貌の宦官・壬氏(じんし)は猫猫の能力に気づき、彼女を皇帝の寵姫の毒見薬に取り立てる。猫猫は後宮で起こるさまざまな陰謀を毒物の知識で見事に解決し、壬氏との関係も徐々に深まっていくのであった。
第16巻では、高い感染力と致死率で恐れられている流行り病・疱瘡が発生。猫猫たちはかつて疱瘡にかかって生き延びた民間の医者・克用(コクヨウ)の協力を得て、厄介な感染病に立ち向かう。疱瘡の感染源という大きな謎を主軸にしながら、皇太后の病弱な姪に関する一件や、翡翠に隠された真実など、小さな謎解きをテンポよく絡めて物語は進行する。読み進めた先に待ち受ける結末は衝撃的で、だからこそラストの猫猫と壬氏のじゃれ合いはより一層心に沁みた。
魅力的なキャラクターはもちろんのこと、リーダビリティの高い文体、緻密な構成の物語といった要素が揃った、まさにエンターテイメントのお手本のような本タイトル。あらためて、そのモンスター級の大ヒットの真髄に触れられる最新刊である。
明里桜良『ひらりと天狗 神棲まう里の物語』(新潮社)
初めて書いた小説が長い歴史をもつ「日本ファンタジーノベル大賞2025」を受賞した、注目の作家のデビュー作。
豊穂市市役所に就職したひらりは、地元を離れて亡き母の実家で一人暮らしを始めた。ある日、ひらりは母の家系が〈ナカヤシキ〉と呼ばれ、困った時に天狗に願掛けをして助けてもらう特殊な役割を担っていたことを知る。おまけに天狗とは、近所でカフェを営む飯野さんだったのだ。〈ナカヤシキ〉の跡取りであるひらりの元にはさまざまな相談事が持ち込まれるが、突然のことに彼女は戸惑う。さまざまなあやかしと交流を重ねる中で、ひらりは天狗の力を持つ覚悟や責任について考えていくのだった。
物語の舞台は人間とあやかし、そして神様がひそかに共存する田舎町。神様たちは正体を隠してしれっと人間界に溶け込んでおり、意外な正体が驚きと笑いを誘う。天狗への願掛けとは、天狗の力を思いのままに使えることを意味する。だがひらりはその怖さを自覚しているし、神に対しても過剰に期待したり頼ったりはしない。よい意味でのドライさを持ち合わせたひらりを、これまでとは異なるタイプの〈ナカヤシキ〉だと驚きおもしろがる神々の掛け合いも楽しく、読者をほっと和ませる。人間とあやかし、そして神様たちが、どこかゆったりとした空気感を醸し出してくれる、ハートウォーミングなファンタジーだ。