ジョン・レノンの苦悩の尋常ならざる深さーー栗原裕一郎の『JOHN & YOKO/PLASTIC ONO BAND【日本版】』評
ジョン・レノンの初となるソロ・アルバム『ジョン・レノン/プラスティック・オノ・バンド(邦題:ジョンの魂)』は、1970年12月11日にリリースされた。同じ日に『ヨーコ・オノ/プラスティック・オノ・バンド(邦題:ヨーコの心)』もリリースされた。
『ジョンの魂』と『ヨーコの心』は対をなしたアルバムで、ジャケット写真もほぼ同一である(『ジョンの魂』ではヨーコにジョンが寄りかかっているのに対し、『ヨーコの心』ではジョンにヨーコが寄りかかっているという、間違い探しのような違いがあるだけで構図はまったく同じ)。
コアとなるバンドメンバーも共通していて、ギターがジョン、ベースはクラウス・フォアマン、ドラムはリンゴ・スターというシンプルなスリーリズムである。フィル・スペクターが共同プロデューサーとしてクレジットされており、「Love」でピアノを弾いていたりもするが、関与は限定的だったようだ。メンバーが共通しているというより、この面子によるセッションの結果が、『ジョンの魂』と『ヨーコの心』という2枚のアルバムになったというほうが実際に近い。
リリース当初はこの2枚を混同していた人もいたようで、ジョンのアルバムのつもりで買ったらヨーコの盤で、プレーヤーから絶叫が流れ出して引っ繰り返った、なんて思い出話が海外のサイトでは拾えたりする。
『ジョンの魂』が不朽の名盤としてロック史に刻まれている一方で、『ヨーコの心』は売上も振るわず、アルバムの存在自体があまり知られていない状態が長かった。現在でこそ、クラウトロックやパンクの先駆だとか、女性オルタナティブミュージシャンに広範な影響を与えたなど、その早すぎた前衛性を評価する声も出てきているとはいえ、1997年に再発売されるまでは、ビートルズを解散させた女とのネガキャンも手伝って、黙殺に近かったようだ。
プラスティック・オノ・バンドは、いうまでもなくジョンとヨーコが出会ったことで始まったプロジェクトだが、ビートルズの末期と重なっているのに加え、ヨーコがビートルズ解散の原因になったという風説が根強かったことなどもあって経緯が混沌としており、ビートルズマニアでない者にはよくわからない部分が多かった。
いま「プロジェクト」という言葉を使ったが、それも「よくわからない」がゆえのことだ。
アルバムの「John Lennon(あるいはYoko Ono) / Plastic Ono Band」という表記からしてよくわからない。ジョン・レノンの『プラスティック・オノ・バンド』というタイトルのアルバムなのか。プラスティック・オノ・バンドの『ジョン・レノン』というアルバムなのか。はたまたジョン・レノンの『ジョン・レノン/プラスティック・オノ・バンド』というアルバムなのか。
そもそもプラスティック・オノ・バンド自体が、いわゆる普通のロックバンドという構成体を必ずしも意味していない。
プラスティック・オノ・バンドは概念である。ヨーコの構想に、ジョンが肉付けした一種のコンセプチュアル・アートであると解釈するのがもっともしっくりくる。
プラスティック・オノ・バンドは1969年7月に最初のシングル「Give Peace A Chance / Remember Love」をリリースしたが、そのとき打たれた広告にはこう書かれていた。
「君がプラスティック・オノ・バンドだ」
「Give Peace A Chance」は、有名なベッドイン・パフォーマンスの最終日に、取材に来た報道陣や来賓などもコーラスに巻き込んで録音された。参加したジャーナリストが興奮した筆致で「僕もプラスティック・オノ・バンドの一員だ!」と書き残していたりするが、レコードを聴いたり、レコードに合わせて歌ったりするリスナーたちももちろんメンバーであり、この時点でのプラスティック・オノ・バンドは、世界平和を希求する運動、その動態の呼称だったということになるだろう。
音楽性に注目しても、プラスティック・オノ・バンドは、バンドという形態から想像される性質から遠く隔たっている。その内実は、ジョンとヨーコが一心同体となって模索した自己の探究および解放の経過報告であり、「プライマル・スクリーム」という心理療法により実現された、きわめて個人的な心象の表現だった。
本書『ジョン&ヨーコ/プラスティック・オノ・バンド【日本版】』は、この捉まえがたいプラスティック・オノ・バンドおよび『ジョンの魂』『ヨーコの心』の実相に迫るために編纂された、大部の包括的ガイドブックである。実際、物理的に大きくて重い。
原書は、『ジョンの魂』『ヨーコの心』50周年にあたる2020年に、イギリスの出版社テームズ&ハドソンから発売された。本書に先立つ2018年には、『ジョンの魂』に続くジョンのソロアルバム『イマジン』にフォーカスした同趣向の『Imagine John Yoko』が同出版社から発売されている(こちらは未邦訳)。どちらもオノ・ヨーコによるプロデュース作であり、オフィシャルなガイドブックということになるだろう。
構成は素直だ。
・『ジョンの魂』までに発表されたシングルやライブ、パフォーマンスに関する記録や証言
・『ジョンの魂』収録曲の背景にあった物語
・『ジョンの魂』および『ヨーコの心』のレコーディングをめぐるエピソード
・ジョンとヨーコで表紙を飾りインタビューを載せた『ローリング・ストーン』誌編集長ヤン・S・ウェナーと、表紙写真を撮影した写真家アニー・リーボヴィッツの談話
こうした内容が、関係者たちの証言や記録の膨大な引用と、大量の図版によって立体的に敷衍されている。
特筆すべきは図版で、アルバムジャケットや広告はもちろん、ジョンやヨーコ、バンドの公私にわたるスナップ、ジョン直筆の歌詞カードやメモ書き、手紙やハガキ、スケッチやイラストなどが豊富に収録されている。おそらく本書が初出のものも少なくないだろうこうしたビジュアル要素が、アートブックとしての価値を高めている。
事実に関しても、本書で初めて世に知らされた、もしくはほとんど知られていなかった情報や記録が多いようで、本書の発刊イベントでピーター・バラカン氏が「この本に再掲されているインタビューは、相当マニアックに追いかけていた人でなければ知らないものが非常に多い」と感嘆しているほどだ。(参考:ピーター・バラカン×丸山京子×藤本国彦が語る『ジョンの魂』の特殊性「言葉には含蓄があり、好奇心を刺激する」)
通読して感じ入ったのは、ありきたりになるが、ジョン・レノンの苦悩の尋常ならざる深さである。
「神は、我々が自らの苦しみを計るための概念だ」(「God」)
齢30にしてこの境地、達観とも諦観とも違う、すべてを俯瞰したかのような透徹した認識になぜ至ったか、その片鱗に少しだけ触れることができた気がした。
おいそれと勧めることがためらわれる高額本だが、ビートルズマニアもそうでない人も、機会があったらぜひページを繰ってみてほしい。
■書籍情報
『JOHN & YOKO/PLASTIC ONO BAND【日本版】』
監修:オノ・ヨーコ
翻訳:丸山京子
発売日:2025年3月5日
価格:13,200円(税込)
出版社:株式会社blueprint
購入はblueprint book storeにて