悪質クレーマーは“撃退”すべきではない? 苦情処理のプロフェッショナル・関根眞一が考えるカスハラ対応の極意
臨機応変に対応できる術を身につけよ
ーーネットにはスカッとする“撃退エピソード”が溢れており、「謝ったら負け」のような感覚になってしまう人もいそうですが、「論破」ではなく「非がある部分は真摯に謝罪して解決する」という原則を忘れてはいけませんね。また本書はコミュニケーション術の指南書としても読み応えがあります。例えば、感情の起伏が激しい人をクレーマーにするとき、「相手が気落ちしているときより、明るい雰囲気のときのほうが注意が必要」という趣旨の記述もありました。
関根:そうなんです。一見、相手が明るい雰囲気の方が話しやすいのですが、そういうときほどひとつの言葉の間違いで「あなた、いま何を言った?」と一気に悪い方向へ進むことがありますし、逆に言葉少なで気落ちしているときほど、相手に寄り添って話を聞くことで気分がよくなり、打ち解けられることもあります。
ーー「その場をしのげればいい」という考えだと、こういう視点は出てきませんね。クレーム対応の基本的なポイントは後半にわかりやすくまとめられていますが、各エピソードの細かな部分に学びがあります。
関根:ストーリー仕立てで面白く読めるように書いていることもあり、何度か読み直さないと気付かない部分も多いと思います。もしかしたら先に後半を読んでから、具体的な事例を確認していただく方がいいかもしれないですね。そうすると、私がなぜその対応を取ったのか、という思考のプロセスをより深く理解していただけるのではと。似た内容のクレームでも相手によって対応の仕方は変わりますし、「慣れ」も大きいと思いますが、基本を押さえながら、やはり臨機応変に対応できる術を身につけなければいけません。クレームやカスハラに同じものはないんです。
ーー視点を変えて、最初から悪意のある人は別として、結果として「厄介なクレーマー」になってしまう人もいそうですが、そうならないために注意すべきことはありますか?
関根:確かに、自分にとっては正当な主張でも、それが悪質なクレームになったり、カスハラになってしまうことはあり得ます。商品やサービスに問題があれば苦情はいつでも言っていいものですが、それが「正しい苦情か」ということを判断する客観的な尺度は常に持っておくべきですね。酒の場で同性の友人に相談したら「それは言った方がいいよ!」という話になりがちなので、既婚者であればまずはパートナーに相談するのがいいと思いますし、「これは自分にも非があるのか」「こういう言い方をしても問題ないか」と、別の視点を持った人に常に相談するようにしてください。
ーークレームやカスハラはいつの時代にもある、ということでしたが、今後、増加していくことが考えられる新たなケースはあるでしょうか。
関根:「新しいもの」が「当たり前のもの」になっていくことで、クレームをつける対象になっていくことがあります。例えば、懸念されるのはコンビニ等で働いている外国人の方に対するカスハラの増加。これまでは、カタコトの日本語でコミュニケーションに齟齬が生じても、基本的に「異国で頑張っているんだな」という目線で見られていたと思いますが、今後は「日本で何年働いているんだ!」と噴き上がるクレーマーが増えていくかもしれない。また、飲食店の配膳ロボットがもっと当たり前になっていくと、いまのように客の側が注意を払うことがなくなり、例えば酔っ払いがぶつかってクレームに発展することも増えそうです。いずれも経済環境から「職を奪われている」という印象を持つ人もいるでしょうし、事前に対応を考えておきたいところですね。
ーー最後に、あらためてカスハラ/クレームに対応する上でのアドバイスをお願いします。
関根:先ほども申し上げたようにカスハラにもクレームにも「同じ事例はない」ので、成功例を集めて形だけなぞってもうまくいかないことが多いと思います。実は本当に目を向けるべきは失敗した例で、こちらの方が明確な学びになる。『カスハラの正体』では、もちろん問題を解決したプロセスを詳述していますが、一方で、問題を大きくしてしまった現場のミスや、コミュニケーションエラーもしっかり書いていますので、基本的な考え方とともに「してはいけないこと」もよくわかるはずです。「バイブルにしてほしい!」とは言いませんが(笑)、ぜひお手元やスマホの中に置いて繰り返しお読みいただき、カスハラにも適切に対応していただければと思います。
■書誌情報『カスハラの正体 完全版 となりのクレーマー』
著者:関根眞一
価格:1,100円
発売日:2025年4月7日
出版社:中央公論新社