漫画誌「ハルタ」の“帯裏”で連載スタートの異色作 本好きの心をやけにくすぐる『図書室のキハラさん』
ホルヘ・ルイス・ボルヘス『バベルの図書館』から、ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』にいたるまで、古今東西の碩学たちが書いた「図書館をめぐる物語」のなんと魅力的なことか。それはたぶん、ある種の図書館には、世の本好きの心を惹きつける“魔”のようなものが潜んでいるからだろう。
また、数万巻(4万とも40万とも)のパピルス文書が収められていたという古代アレクサンドリア図書館や、かの南方熊楠が籠(こも)って“抜き書き”に勤(いそ)しんだという大英博物館のリーディング・ルーム、そして、キリスト教関連の貴重な資料が収められているバチカン図書館など、その名を聞いただけで知的好奇心がくすぐられる実在の(あるいは、実在した)図書館も数知れない。
かつて、エルンスト・カッシーラー(哲学者・思想史家)は、「ワールブルク文庫」(※「ワールブルク研究所」は、美術史家アビ・ワールブルクが蒐集した厖大な文献を中心に創立された)を初めて目にした際、「これは(誘惑に満ちていて)危険な蔵書です。私にはこのような蔵書には、初めから近づかないか、さもなければ長い年月にわたって呪縛されるかのどちらかの途しかないように思われます」といったという。
つまり、稀代の哲学者をして、「存在を知らなかったことにするか、その呪縛に完全に身を委ねるかのいずれかしかない」ととっさに悟らせるほどの“魔力”が、ある種の図書館にはあるということだ。
さて、前置きがやや長くなってしまったが、そんな図書館ならぬ「図書室」を舞台にした、なんとも可愛らしい漫画作品が、先ごろ単行本化された。丸山薫の『図書室のキハラさん』(KADOKAWA)だ。
漫画誌「ハルタ」の帯の裏面で連載された独特なスタイルの物語
『図書室のキハラさん』は、2017年、漫画誌「ハルタ」の帯の裏面で連載開始したショートショートの連作である(注・「ハルタ」は漫画誌だが、帯が巻かれている)。
「帯の裏面」というスペースの制約上、毎回、横長(もしくは縦長)のフォーマットで漫画を描かざるをえないわけだが、作者はその“縛り”を逆手にとって、限られたスペースの中で自由にコマを割っている。単行本では、その連載時のいささかトリッキーな形状を活かすため、B5判の横置きで、見開きに上下2本ずつ(時には1本のみ)の作品を配置している(縦長の作品は、本の向きを変えて読まれたい)。
主人公は、「ある研究室の図書室」に勤めている「キハラさん」という司書の少女(本名は「記原綴子」というらしい)。
“本の迷宮”めいた彼女の職場は、「とても古くて無闇に広く、ややこしい造りの図書室」で、ボルヘスの「バベルの図書館」というよりは、エッシャーの騙し絵のような空間をイメージした方がいいかもしれない。