速水健朗のこれはニュースではない

クイーン、アレサ・フランクリン、ボブ・ディラン……相次ぐ大物ミュージシャンの伝記映画 “最後の大物”はカーペンターズ?

 リチャードに音楽の非凡な才能を見出した両親は、エンターテインメントの中心地ロサンゼルス郊外へと引っ越した。いわゆる親バカエピソードだ。母親は兄に大きな期待を寄せていたが、見た目も平凡で才能も見えにくかったカレンには、普通の人生を歩ませたかった。しかし、デビュー後にスターとなったのはカレンだった。そのことに戸惑う家族の姿が目に浮かぶ。

 ちなみにこの頃、カーペンターズ一行はIBMに招待され、家族ぐるみでアカプルコ旅行に出かけている。この旅の途中、母親とリチャードが喧嘩をしたという。癇癪持ちのリチャードが、母の不満にブチ切れた事件だ。これが映画の重要な場面になるだろう。カレンは、どうやってその場を取りなしたのか。ここが、映画のクライマックスの一つになる。

 せっかくなので、映画化のアイディアついでにキャスティングも妄想してみた。カレン・カーペンター役にはエマ・ストーン。『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』でのビリー・ジーン・キング役の延長線にあるイメージだ。リチャード役は誰でもよさそうだが、あえて投げやりにアダム・ドライバー。ニクソン大統領役にはニコラス・ケイジを。けっこうな大予算映画になってしまうが、それに見合う題材だと思う。

 もちろん架空の話だが、映画のラストは明るい日常の一日で終わる。カレンの死は描かない。スタジオからの帰り道、カレンとリチャードが軽くドライブして家に帰る。そして、車が家の前に到着したところで映像が止まり、『ナウ・アンド・ゼン』のジャケットイラストに切り替わる。あの、赤い車と家が描かれたカバーだ。日本が誇るイラストレーター、長岡秀星によるものだが、その意図はやや読みづらい。平凡なアメリカの家にも、裕福な郊外の家にも見える。いびつさを出したかったわけではないだろうが、結果として十分にいびつだ。

 このエンディングで流れるのは『トップ・オブ・ザ・ワールド』。明るく幸せな曲だ。音楽の世界で成功を収めた兄妹、家族も平穏に暮らしている。アジア(日本)からの工業製品も徐々に入ってきてはいるが、アメリカはまだ"ものづくり大国"として君臨している。アメリカの労働者の暮らしも順調そうに見える。けれど、その頂点がどこまで続くのか、少しだけ不安も残る——そんなエンディング。

 おもしろそうな映画じゃない? 本当にカーペンターズの伝記映画がつくられたら、誰よりも早く観に行くだろう。

■書籍情報
『これはニュースではない』
著者:速水健朗
発売日:2024年8月2日 
※発売日は地域によって異なる場合がございます。
価格:本体2,500円(税込価格2,750円)
出版社:株式会社blueprint
判型/頁数:A5変/184頁
ISBN 978-4-909852-54-0 C0095

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