映画『ファーストキス 1ST KISS』シナリオブックから見る、坂元裕二作品の「手紙」の重要性

 現在、大ヒットしている塚原あゆ子監督の映画『ファーストキス 1ST KISS』(以下、『ファーストキス』)は、45歳の硯カンナ(松たか子)が、駅で赤ん坊を助けようとして電車事故で亡くなった夫の駈(松村北斗)の運命を変えるために、過去にタイムスリップして29歳の夫と再び出会い直す物語だ。

坂元裕二『ファーストキス 1ST KISS』(KADOKAWA)

 脚本を担当しているのは坂元裕二。『東京ラブストーリー』(フジテレビ系)、『カルテット』(TBS系)、『大豆田とわ子と三人の元夫』(カンテレ・フジテレビ系)といった話題のテレビドラマを多数手掛けてきた坂元は、近年は活躍の場を映画にも広げており、2021年に大ヒットした『花束みたいな恋をした』や、2023年に第76回カンヌ国際映画祭で脚本賞とクィア・パルム賞を受賞した『怪物』といった話題作を次々と生み出し、国内外で評価されている。

過去作とは一線を画したテンポ感

 今回の『ファーストキス』は坂元が得意としている夫婦のラブストーリーだが、これまでにない要素としてタイムスリップというSF的なアイデアが盛り込まれている。

 その結果、坂元作品としては王道でありながらも新境地という不思議な味わいの映画となっている。特にシーンが次々と切り替わっていく序盤はこれまでにないテンポの良さで、脚本ではどうなっているのか映画を観ながら、とても気になっていた。

 そのため、映画を観終わってすぐにシナリオブック『ファーストキス 1ST KISS』(KADOKAWA)を購入し、一気に読んだのだが、やはり序盤は、これまでの坂元裕二作品のシナリオとは違う書かれ方だと感じた。

 『ファーストキス』の序盤は、説明的な台詞がほとんどない状態で物事があれよあれよと進んでいく。夫が事故で亡くなったこと、カンナが舞台美術のデザインの仕事をしていること、首都高をジープで走っている時に過去にタイムスリップしてしまったこと、夫との結婚生活は破綻しており、事故の日に離婚届けを出そうとしていたこと等の物語の前提となっている状況設定が、最小限の台詞と映像で提示されていく。

 シナリオでは場面が切り替わると「2 硯家の部屋(2024年12月24日、朝)」といった感じで、シーンの番号とその空間や時間が書かれるのだが、シーンとシーンの間隔が過去作と比べてとても短い。この切り替わりの速さを、映像に落とし込むとあのテンポ感となるのかとシナリオブックを読んで感じた。

 また、序盤は登場人物の台詞が少なく、カンナがボソッとつぶやく独り言が多い。会話劇は助手の世木杏里(森七菜)とのやりとりぐらいで、これもあまり長くない。

 テレビドラマを書いている時の坂元の脚本は、会話劇の連続で成り立っており、登場人物が饒舌だ。しかもそこで語られる台詞は意味があるようでないものばかりで、大事なのは会話の中身ではなく、話している相手との関係性や話者の考え方を見せるために延々と喋らせているという印象だ。

 だから坂元作品には長台詞の応酬が多いのだが、今回の『ファーストキス』の序盤はカンナが一人で行動する場面が多いことを差し引いても台詞のやりとりが少なく、台詞も短く簡潔なものが多い。

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