恩田陸のバレエ小説や朝井リョウの衝撃作も 2025年本屋大賞ノミネート全作品を紹介

2025年本屋大賞ノミネート10作(作品名五十音順)

早見和真『アルプス席の母』(小学館) 
阿部暁子『カフネ』(講談社 )
山口未桜『禁忌の子』(東京創元社)
一穂ミチ『恋とか愛とかやさしさなら』(小学館)
野﨑まど『小説』講談社)
金子玲介『死んだ山田と教室』(講談社) 
恩田陸『spring』(筑摩書房) 
朝井リョウ『生殖記』(小学館) 
宮島未奈『成瀬は信じた道をいく』(新潮社) 
青山美智子『人魚が逃げた』(PHP研究所)

「全国書店員が選んだ いちばん! 売りたい本」をキャッチフレーズに開催される「2025年本屋大賞」のノミネート作が2月3日に発表された。昨年度の受賞作の続編があり、直木賞作家による新作が幾つもあり、5年連続のノミネートという人気作家の新作もあってと有力な作品が並んで、どれが大賞に輝くのかを迷わせる。

 第20回女による女のためのR-18文学賞で大賞、読者賞、友近賞の3冠に輝いた宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』が怒濤の勢いで「2024年本屋大賞」を受賞。今回ノミネートされた『成瀬は信じた道をいく』(新潮社)はその続編で、大学に進んだり地元の観光大使になったりした成瀬あかりの周辺で、彼女の歪みのない生き方に触れていろいろ感じた人たちの思いが綴られていく。これだけの人気ならいよいよ映像化も近そうだが、あの成瀬をいったい誰なら演じられるのかが気になるところだ。

 『人魚が逃げた』(PHP研究所)の青山美智子は、2021年に『お探し物は図書室まで』、2022年に『赤と青とエスキース』、2023年に『月の立つ林で』、2024年に『リカバリー·カバヒコ』がノミネートされて今回で5年連続。伊坂幸太郎の6年連続に続く長さで人気ぶりがうかがえる。『人魚が逃げた』はSNSで噂になった「人魚が逃げた」という言葉と、人魚を探す王子の存在を核に、周辺の様々な人たちの人生が紡がれる。人魚とは。王子とは。結末が気になる作品だ。

 2005年に『夜のピクニック』、2017年に『蜜蜂と遠雷』で本屋大賞を受賞し、『蜜蜂と遠雷』では第156回直木賞も受賞した恩田陸が、バレエをテーマに描いた『spring』(筑摩書房)が今回ノミネート。バレエという目で見て耳で聴く芸術を小説でどのように描くかはは小説家にとっても挑戦だが、萬春という天才的なダンサーで振付家を主人公にしたこの小説では、春や周りダンサーに振付家、音楽家たちの創造と向き合う心情を描き、舞台で繰り広げられるダンス、奏でられる音楽も克明に描いて劇場にいる気にさせてくれた。単独で最高となる3度目の受賞は成るか。

 『恋とか愛とかやさしさなら』(小学館)がノミネートされた一穂ミチも、『ソデミック』が第171回直木賞を受賞しており、その受賞第1作で3回目の登場となった。カメラマンの新夏と交際5年になる啓久が、通勤中に女子高生を盗撮したことで関係が激変。ちょっとした出来心で二度としないと約束する啓久だったが、新夏の心は揺らぎ周囲にも波風を立てていく。幸せそうな日常が躓いた果てに何が起こるのかを確かめたくなる。

 『生殖記』(小学館)の朝井リョウも直木賞受賞作家。本屋大賞には2022年の『正欲』以来のノミネートだが、「とある家電メーカー総務部勤務の尚成は、同僚と二個体で新宿の量販店に来ています。体組成計を買うため——ではなく、寿命を効率よく消費するために。この本は、そんなヒトのオス個体に宿る◯◯目線の、おそらく誰も読んだことのない文字列の集積です。」というあらすじ紹介からでは、中身がまったく予想できない。それでいて著名人から賞賛の嵐。ノミネートは手に取る絶好の機会かもしれない。

 「2022年本屋大賞」の『店長がバカすぎて』に続く早見和真のノミネート作となる『アルプス席の母』(小学館)。野球のシニアリーグで活躍していた息子が、大阪の新興校に進んで自分に声をかけなかった甲子園常連校を倒すことを目指すことになり、母親も大阪に移って不慣れな土地で暮らし始める。野球漫画にはない親にとっての甲子園を描く新味で6万3000部に達する人気作となった。一穂、朝井も入れて小学館から3作品がノミネートは、同社が文芸でも存在感を持つようになっている現れだろう。

 集英社コバルト文庫や集英社オレンジ文庫で女性に向けた作品を多く発表していた阿部暁子。犯罪と人間について描いた『金環日蝕』を経て、今回ノミネートとなった『カフネ』(講談社)では、法務局に勤める野宮薫子が溺愛していた弟の急死を受けて悲嘆に暮れる中、弟の遺言を受けて家事代行サービス「カフネ」の活動を手伝う姿を描く。悲しみを埋めつつ食べることを通じて縮まっていく薫子と弟の元恋人のせつなとの関係が感慨を誘う。

 作家になりたいたいと思っていたが、医学部受験で小説家という夢を諦め医師になった山口未桜が、16年ぶりに筆を執って書き、第34回鮎川哲也賞を受賞した『禁忌の子』(問う挙創元社)もノミネート。救急医の武田の所に一体の溺死体が搬送されて来たが、見るとその遺体は武田とうり二つ。いったい何者なのか。どうして死んだのか。謎に迫る武田の周り不穏な事件が起こる。海堂尊や知念実希人に続く医療×ミステリの新鋭がここから誕生。今後の活躍にも期待する意味でも読んでおきたい1冊だ。

 同じミステリの賞でも、破天荒な作品を多く送り出したメフィスト賞の第65回を受賞した金子玲介『死んだ山田と教室』(講談社)もノミネート。勉強が出来て面白くてクラスの人気者だった山田が飲酒運転の車にはねられて死んだ。哀しみに沈む教室でスピーカーから流れてきたのが山田の声。その魂がスピーカーに憑依してしまったらしい。どうにも不思議な設定から綴られる青春ストーリーが評判になった。新作も続々と送り出して活躍中の作者でもあり、ノミネートを機に改めて注目しておきたい。

 残る1冊は野﨑まど『小説』(講談社)。電撃小説大賞のメディアワークス文庫賞を『[映]アムリタ』で受賞してデビューして以降、人の意識の進化に関する壮大な連作を紡ぎ上げたり、日本SF大賞にノミネートされる作品を書いたりと多彩な作品を発表してきた作者が、小説となにか、人はどうして小説を読むのかといった読書の本質に迫った1冊。これを論評することは、そのまま本を読んで本について語る本屋大賞について考えることになるのか。答えは読めば分かる。

「2025年本屋大賞」は、これらのノミネート作品に対して選考員となっている書店員が投票し、得票数で大賞が決まる。発表は4月9日の予定。

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