杉江松恋の新鋭作家ハンティング 背理法による推理で謎に迫る医療×本格ミステリ『禁忌の子』
ところがこれは、読者を吊り込むための仕掛けだった。小説の中で最も重要な場面において二人の関係が大きく物を言う箇所がある。それに気づいたとき、あ、ここまで考えていたのか、と大いに感心させられた。こういう風に序盤から中盤の印象だけでは判断しかねるところがある。最後まで読んで初めて真価がわかる小説には、途中で作品の様相がどんどん変わっていくものと、話を構成する要素や物語の雰囲気自体はずっと同じなのに、次第にその密度が高まっていき、最初とはまったく違う手触りになるものと二種類ある。『禁忌の子』は後者だ。さりげなく書かれた場面の意味が後になって重要になっていき、物語の意外なところを埋めるというようなことも起きる。
キュウキュウ十二に関する医学的な問題と上に書いたが、これも医療小説では先例のあるものだ。その題材が出てきたときに、なるほどこの路線なのか、そういう方向にこの先進んでいくのだろうな、と目星をつけた。本作でその問題に関する議論が飛躍的に深まったり、まったくなかった別視点が提示されたりするというようなことはない。あくまで堅実な路線に留まるのだが、問題の重さは読者の胸に刻み込まれることだろう。登場するひとびとの人生に絡め、深く考えざるをえないような書き方がされているからだ。読者の興味を惹くためだけの書きぶりでは、ここまでの質感は醸し出せない。
ミステリーとしては物足りない部分もある。巻末に掲載された選評にも指摘があるので重複は避けるが、たとえば犯人当ての小説としては、やや単線気味である。犯人が判明した際、あっけない印象を受けるはずだ。もし意外性を出すのであれば、偽の手がかりを振りまいて容疑者候補をもっと増やさなければならない。新人賞には枚数規程があるので、それは不可能だっただろう。つまり、応募作であるための限界が作品の質を規定している部分があるのだ。それはやむをえないことである。制限を受けたことで作品の最も優れた部分、物語を支える体幹の確かさが浮き彫りにされたという一面もある。
物語を書いていくための技巧がすでに骨肉化した作者だ。選評を読むと物語の結末について評価が分かれるのではないか、という懸念も表明されていた。そういう風に読者を挑発するところがあるのもいい。世界に服従するのではなく、新しい観点によって蘇生させるのが小説だからだ。新しい息吹が鮎川哲也賞という歴史ある賞に吹き込まれた。