弁護士に聞く『地面師たち』のリアル 「現実の不動産と登記の間にはどうしてもズレが生じ得る」

 現在Netflixにて配信中のドラマ『地面師たち』。新庄耕の同名クライムノベルを原作とし、土地の持ち主になりすまして嘘の取引で高額の土地を売りつけ、支払われた金を掠め取るという、劇場型詐欺を題材としたドラマである。ドラマでは豊川悦司演じるエレガントながら獰猛なリーダー・ハリソン山中を中心に、個性的な地面師たちが集結。100億の値がつく都内の土地を巡り、計略を巡らせる地面師たちと罠にかけられるデベロッパー・石洋ハウスの内情、そして地面師たちを追う警察の暗闘が描かれる。

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 『地面師たち』は、2017年に発生した「積水ハウス地面師詐欺事件」を元ネタとしている。実際の事件はドラマとはさまざまな点が異なるが、事件が「土地の売買」という行為の特異さに起因するという点は共通している。

 そこで本稿では、小杉・吉田法律事務所所属の弁護士の小杉俊介氏に、「土地の売買」の特異さにポイントを絞って『地面師たち』の見どころを伺った。土地を巡る係争にも関わることもある弁護士の立場から見た、『地面師たち』の見るべきポイント、そして「土地の取引」自体の難点とは、一体なんなのだろうか。

ドラマ『地面師たち』の参考となったノンフィクション『地面師』。積水ハウス事件の詳細も書かれている。

──『地面師たち』ですが、ご覧になってみていかがでしたか?

 ドラマとして面白かったです。ご覧になった方はもちろん気づくと思うんですが、実際の事件から相当面白く脚色してありましたね。

──弁護士の視点から見て、どの辺りが脚色だと感じましたか?

 私のような法曹業界の人間に限らず皆気が付くであろうところでいうと、まずハリソン山中ですね。モンスターのような地面師のリーダーというキャラクターですが、ああいう怪物的なカリスマ性のある人物というのは地面師詐欺に限らず現実の事件ではまず見かけません。フィクション上のキャラクターですね。実際に出てくるのはもっと凡庸な犯人たちです。

──確かにハリソン山中は相当に突飛なキャラクターではありましたが……。

 関連事件の裁判記録等を読む限り、実際の積水の事件も、カリスマ的な犯人グループのリーダーが緻密な計画を立てて……というよりは、出会い頭の事故のような形で起こってしまった印象が強いです。「天才が絵を描いた完全犯罪」みたいなものではありません。もちろん、ドラマというのはそういうものですし、ハリソン山中というキャラクターがドラマの面白さを支えていたのは間違いありません。

──ほかに、「実際の地面師詐欺はこういう感じだよ」というポイントはありますか?

 地面師グループが秘密基地みたいな部屋を持っていて、入念な打ち合わせやなりすまし役の訓練を重ねた後で犯行に及びますよね。でも、上位の犯人はともかく、現場で実際になりすましをするようなポジションの人間にあのような密なコミュニケーションがあったとは考えにくいです。これは地面師詐欺に限らず、詐欺事件全般に言えることです。ドラマのモデルになった事件でもなりすまし本人とその他の犯人は犯行当日に初めて会ったと言われています。

──それには理由があるんでしょうか?

 お互いに面識や接触が事前になければ、誰か一人が捕まったときに他の人間は「自分も騙されていて何も知らなかった」という言い訳ができる。法律的には「善意の第三者である」と主張できるわけですね。一人が捕まっても他の人間が全員逃げられれば、それより上の立場にいた犯人たちへの追及もできなくなる。いわゆるオレオレ詐欺で掛け子と受け子などが役割ごとに完全に切り離されていて、全貌をわかっているのはより上位の立場の犯人だけ、という構造と同じです。

──あんなにリハーサルしたりしないというのはわかるような気がしますが、会ってもいなかったというのは驚きますね。

 裁判記録等を読むと、モデルとなった実際の事件でも、なりすまし役が受け答えをミスしてるんですよね。生年月日や干支を間違えてしまったらしいです。それでも詐欺だと気づかなったのはミスだとは思いますが、そもそも不動産取引というのは一種のフィクションなので、そのようなミスが起こることがあり得ないとは言えません。

──というと?

 大学の授業等で、法律の基本である民法を学ぶ際には民法総則としてまず「所有権とは何か」「意思表示とは」みたいなことを習います。民法の基礎になるこれらのポイントって、基本的には全部土地取引の話なんです。

──そうなんですか。

 土地を二重に売買してしまったとか、不正に売られた土地を取り返そうとしたらすでに転売されていたとか、そういった「土地の権利関係が拗れたときにどうするか」という話は、法律の基本である民法のそのまた基礎です。「土地をどう扱うか」というのは、それくらい普遍的な問題なんです。

──土地の取引というのは、そもそも拗れやすい問題なんですね。

 『地面師たち』の中でハリソン山中も近いことを言っていましたが、そもそも「土地の所有権」というものも一種のフィクションです。実際に土地の上に建物が立っていて、その中にその土地の持ち主が住んでいても、その人が土地の所有者とは限りません。土地という財産は持ち運びができないですし、売買したからと言って手渡すこともできない。

──確かにそうですね。

 そういう曖昧でよくわからないものを扱うために不動産登記という仕組みを使っているんですが、「売買されたけど登記には反映されていない」とか「土地はあるけど持ち主がわからない」というような形で、現実の不動産と登記の間にズレが生じるのです。そのズレを利用してお金を巻き上げるのが地面師で、この手の詐欺は歴史が古いです。

──なるほど。

 なりすましを使った劇場型詐欺が地面師ですが、他にもいろいろな形で土地を騙し取ってしまうとか、勝手に登記を行なってしまうとか、強引な取引や詐欺は至る所であります。その中でも、特にわかりやすくて珍しいやり方が地面師詐欺ですね。

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