連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2024年8月のベスト国内ミステリ小説

 今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。

 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は八月刊の作品から。

野村ななみの一冊:白井智之『ぼくは化け物きみは怪物』(光文社)

 万人におすすめしにくい、でもぜひ読んでほしい……!『エレファントヘッド』に続き、またもや白井智之作品なのだけれど……!の気持ちである。今回は短編集で、収録作は5作。エログロが苦手な方は厳しいかもしれないが、他の白井作品に比べると描写は控えめだしどれも傑作だ。マイベストは人類の運命を左右する〝怪物〟を描く「大きな手の悪魔」と見世物小屋が舞台の「天使と悪魔」で、最高にぶっ飛んだ設定なのに謎解きは精緻かつ合理的。白井智之の作家性とともに、何だこれは!の驚きを連続で楽しめる、大変お得な短編集である。

酒井貞道の一冊:永嶋恵美『檜垣澤家の炎上』(新潮文庫)

 横浜の素封家・檜垣澤家の大正年間を描くクロニクルである。ただし群像劇ではない。主人公かな子は、当主の妾であった母を亡くし、使用人同然の扱いで引き取られる。このかな子がすこぶるクール。幼い頃から周囲を冷静に観察し、思惑が交錯する女系一族の中で一定の立場を得るよう動く。彼女の観察眼は鋭く、人間模様の描写精度が高いので、最初から読み応え満点である。おまけにかな子は成長と共に知識を蓄え、経験も積み、人間観察の解像度と深度をぐいぐい上げていく。人間描写の深みと凄みが際限なくエスカレートする様は圧巻だ。

橋本輝幸の一冊:方丈貴恵『少女には向かない完全犯罪』(講談社)

 奇抜な舞台の上に、読者を楽しませるアトラクションがてんこ盛り。そんな著者の作風は今回も健在である。主役コンビは、何者かによってビルから突き落とされ幽霊となった男と、両親を殺されて復讐を決意する小学生だ。解決も反撃もむずかしい二人に立ちはだかるのは、密室、シリアルキラー、毒薬その他もろもろの手強い謎と敵である。しかも一件落着したかと思いきや怒濤のどんでん返しが始まる。

 幽霊以外に特殊設定はほぼなく、アイディアの大盤振る舞いを集中して楽しめる。不器用な二人が絆を深める様子も物語の良いスパイスだ。

千街晶之の一冊:方丈貴恵『少女には向かない完全犯罪』(講談社)

 方丈貴恵『少女には向かない完全犯罪』は、主人公が臨死体験中に幽霊になるという点では「竜泉家の一族」シリーズのような「特殊設定」ものだが、完全犯罪請負人だのスーパー殺人鬼だのが登場するという意味では『アミュレット・ホテル』のような超常現象抜きで現実離れ感を演出した「特殊状況」ものでもある。消滅までタイムリミットがある幽霊と小学生の少女という無力なコンビがいかに天才的犯罪者に立ち向かうかという趣向、中盤で実行犯が判明するのに多重解決は可能かという趣向など、これでもかとばかりに盛り沢山な本格ミステリだ。