創立70周年の東京創元社が擁する翻訳ミステリの名門レーベル・創元推理文庫の魅力とは? 現役編集者3名に聞く、長い歴史の中で生まれた傑作群

毛見「思ったことを書いていただけるだけでも励みに」

——またちょっと別の質問です。かつて創元推理文庫はマークでジャンルを表現していました。いわゆる本格の「おじさん」、犯罪小説の「ピストル」、スリラー・サスペンスの「猫」、倒叙や法廷ものなどの「時計」、冒険小説の「帆船」という分類です。「創元推理文庫といえばおじさんマークだろう」というオールドファンもいるわけですよ。もしマークを復活させるとしたら、今だったらどんなものがありうるでしょうね。

宮澤:ジャンルからはみ出た作品は多いですよね。昔も、これは無理やりどこかに当てはめているな、という作品はけっこうありました。

——時計マークは本来のジャンル+「それ以外」みたいな感じで、なんでもありでしたね。今だったらかなりの作品が時計マークになりそうな。『グッド・バッド・ガール』(越智睦訳。2024年刊)のアリス・フィーニーとか。

宮澤:そもそもジャンルに分けた時点でネタばらしになるかもしれません。

クリスティン・ペリン『白薔薇殺人事件』

佐々木:あと、今は本格系の海外作品が相当少ないということもあります。「おじさん」マークになるのは、最近だとホロヴィッツくらいじゃないでしょうか。クリスティン・ペリン『白薔薇殺人事件』(上條ひろみ訳。2024年刊)もOKかもしれませんが。

毛見:自由に作り変えるなら猫マークは「猫が出てくるお話」でもいいですね。

宮澤:従来のマークを踏襲するなら全部どこかにマスコットキャラクターの「くらり」がいる仕様にするとか。北村薫『ニッポン硬貨の謎』(文庫版は2009年刊)や小森収編『ミステリ=22』(2024年刊)など、著者たってのご希望を受けて、カバーにおじさんマークを入れている作品は今でもたまにあるので、完全になくなったわけではないんですよ。

——これはお答えになりにくいことかもしれないんですが、お聞きしちゃいます。新潮社がガブリエル・ガルシア=マルケス『百年の孤独』(鼓直訳)をついに文庫化したことが話題ですが、ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』(河島英昭訳。1990年刊)はいつ文庫化されるんでしょうか。これ、みなさんよく聞かれると思うんですけど。

佐々木:はい、よく質問されます。

宮澤:今年の新刊ラインナップ説明会でお知らせ済みですが、『薔薇の名前』は近々単行本で[完全版]が出ることが決まっています。だから文庫はさらに先になるでしょうか……。『百年の孤独』より歴史は浅いですし。

——完全版が出ることにより、さらに未来になったと。

宮澤:でしょうかね。

佐々木:それにしても、『百年の孤独』はびっくりしましたね。

宮澤:「風が吹けば桶屋が儲かる」じゃないですけど、『百年の孤独』の話題が出ると、だいたいうちの『薔薇の名前』にも言及していただけるので、ちゃっかり宣伝になっていてありがたいですね(笑)。

——なるほど。これが最後の質問なんですが、創元推理文庫は過去の名作が定期的に復刊されるということも特徴の一つだと思います。お三方にそれぞれ、自分はこれを復刊したい、という一冊があれば教えていただきたいですね。

宮澤:今年の秋の復刊フェアで、パーシヴァル・ワイルドの『検死審問』(2008年刊)という名作が復刊されます。これは訳者の越前敏弥先生も、ご自身が翻訳した中でも気に入っている一冊とおっしゃっている作品です。それをようやく復刊できるんですが、実は『検死審問ふたたび』(2009年刊)という続篇があって、こちらも素晴らしい作品なので、ぜひ、と思っております。

佐々木:私は他の編集者に比べると新訳や復刊はあまり担当していないんです。新しいものが好きなので。でも、自分から提案したのはウィリアム・アイリッシュです。『黒いアリバイ』(稲葉明雄訳。1977年刊)、『暁の死線』(稲葉明雄訳。1969年刊)の復刊や新装版を担当しました。今後も、他の作品の復刊ができればと思っています。

毛見:単純に今年読んで面白かった本なんですけど、ジャン=ジャック・フィシュテルの『私家版』(榊原晃三訳。文庫版は2000年刊)は復刊したいです。とてもへんで面白いミステリなんですが、「犯人」の抱えるコンプレックスに妙に共感して心動かされてしまったので、現代を生きる読者さんにも今一度読んでもらいたいという気持ちになりました。社内の会議でも提案してみようと思います。

——ぜひぜひ。『私家版』、いいですね。

宮澤:復刊については毎年アンケート等でいろいろなご意見をいただいていますが、翻訳権が取得できなかったり、活版で刷っていた本だと紙型が駄目になっていて物理的に無理とか、いろいろな事情があって出せない作品があります。ご意見を忠実に反映できないのは残念ですが、なるべく実現するようにはしていきたいと思っています。

——ありがとうございます。しめくくりに、読者へ向けて一言ずつ頂戴できますか。

宮澤:編集者はいろいろ考えて本を作りますが、読者はあまり気にしないでご自分で面白そうと思ったものを選んでくださればいいかなと。普通に作家名や作品名が気になったら手にとっていただいて、読んでいただけるのが編集者としても理想だと思います。

佐々木:私は趣味で翻訳ミステリ読書会も主催しているんですけど、たまに読者さんにお会いすることもあるんです。直接、「この作品よかったです」とか「創元推理文庫すごい好きで」とか言っていただくことも多いので、そういう期待をあまり裏切らないように頑張っていかねば、と常々思ってます。

毛見:私はX(旧Twitter)をすごくさわっている人間で、「創元」や作品名や著者名で頻繁に検索をかけています。ぜひ皆さんも、作品名などを挙げて感想をポストしてくださると嬉しいです。もちろん褒めてくださるのがいちばん嬉しいんですけど(笑)、思ったことを書いていただけるだけでも励みになります。

宮澤:「ここ、誤字あるよ」という書き込みも実はありがたいですね。

毛見:そうですね。ページ数と行数も具体的に教えていただけると大変助かります。

宮澤:そう、場所がわかっていれば重版したときに修正できるので。例えば「誤字が2つあった」とだけ書かれると、探しても見つけられなかった場合直せないんですよ。よっぽどリプライで聞こうかって思います(笑)。

左から、毛見駿介氏、宮澤正之氏、佐々木日向子氏

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