『#真相をお話しします』で脚光 新鋭ミステリー作家・結城真一郎『難問の多い料理店』インタビュー
世の中はそんなハッピーエンドに溢れているわけではない
——結城さんはそうやって題材を見つけてくるのがうまいですよね。いろいろな事情を持った方が配達をやっておられるという話がありましたが、第3話の「ままならぬ世のオニオントマトスープ事件」は、シングルマザーの女性が主人公です。生活のためにたくさん仕事をこなさなくちゃいけないという事情があり、かつてモデルとして華やかな生活を送っていたためか、承認欲求を消しきれない部分があって、SNSへの投稿が病みつきになっていると。非常に現代的な人物設定なんですが、それと中で描かれる事件が対比されるような書き方になっています。この話に限らず、各配達員の個人的事情が事件とうまく絡んでいるのが本書の特徴ですが、先にキャラクターを決めてから書いたのか、事件を思いついてから、こういう人がいいんじゃないか、と選ばれたのか、どっちなんでしょうか。
結城:両方のパターンがありました。毎回、事件の謎が解けるのは当然として、それに関わることによって事情を抱えて配達員をやっているキャラクターにもなんらかの変化が訪れる。配達員の特異な点は、ごく短い時間とはいえ、本来は交わるはずがなかった相手と人生が交錯する瞬間があることだと思うんです。その交わりが深くなれば深くなるほど変化も大きくなる。せっかくそういう設定なんですから、配達員側にも何かしらフィードバックがあるように、ということは心がけていました。
——配達員の個人的事情が物語に反映されていくというのは、実は仕事小説の構造だと思うんですね。仕事小説って、人生になんらかの欠如や不満を抱えている人が、目の前の仕事をこなしていくことで成長したり、しなかったりして自分自身と向き合う機会を得るという話です。ミステリーと同時にその要素も備わっている。
結城:確かに。初めて言われましたが。今、すごい目からウロコでした(笑)。
——本来のキャラクター小説って、主人公が突飛な人かどうか、ということより、話の中でそのキャラクターが生かされてるかどうか、を問うものだと思うんです。そういう意味では非常に強いキャラクター小説になってますよね。第4話の「異常値レベルの具だくさんユッケジャンスープ事件」が連作としては折り返し点ですが、ちょっと意表を衝かれます。ここで、謎めいたオーナーが本当はどういう人物なのか、という問題がまた浮上してきますが、彼は超現実的というか、作中でもマネキンめいた風貌というような言われ方をするように不思議なキャラクターです。私はハリー・クレッシング『料理人』(ハヤカワ文庫NV)を連想しもしたんですが、どういう造形の人物なんでしょうか。
結城:ダークヒーローみたいなキャラクターが好みで、一度描いてみたいとは思っていました。また、この人は悪魔的に見えつつ、たまにシングルマザーの配達員への気遣いだとか、ちょっとした善意みたいなものも示します。そういう善か悪かの区別が判然としない、謎の部分は残してあります。詳細は書かずに、ちょっと神話的な造形にしようと。
——『#真相』もそうでしたが、ダークな作品に結城さん自身が引かれるということもあるのでしょうか。
結城:気質の問題かもしれません。世の中はそんなハッピーエンドに溢れているわけではないという理解がまずあります。そうなると、なんの留保もなくハッピーエンドを迎える物語に作り物めいた感じを覚えてしまうんです。どこかに苦味や、後味の悪さを残したほうがリアルじゃないか、と。これはあくまで僕自身の感じ方ですけど、それに作品が引っ張られている感じがします。長篇も含めてこれまで、「万事解決、手放しでハッピー」みたいな作品は一つもないんですよ(笑)。
——第5話の「悪霊退散手羽元サムゲタン風スープ事件」は、おかしな配達が続く家の話で、いちばんUberEats(作中ではビーバーイーツ)らしい話です。
結城 そこまで書いてくるとだんだん知見が深まってきて、UberEatsならではの謎解きというのを入れたかったんですね。これは「空き部屋に置き配が届き続ける、みたいな状況があったら変だよね」という状況から考えていった話でした。実はいちばん手こずった話でもあって、〆切1ヶ月前の時点でアイデアがまったくなかったんです。普段はそのくらいのタイミングだと話があらかたできていて、後は書くばかりなんですけど、このときは本当に何も浮かんでなかったですね。今でもそのときの「やばいぞ」という感覚は鮮明に覚えています(笑)。
——そして最後は「知らぬが仏のワンタンコチュジャンスープ事件」。キャラクター小説としてもミステリーとしても、文句なしの終わり方でした。通読してみると、やはり前作とはまったく違った短篇集になっていますね。前作はサスペンスの要素が強く、今回は安楽椅子探偵という既存のフォーマットを利用している。タイプの異なる連作を手がけたことで、結城さんの中で短篇ミステリーが手についたものになったのではないでしょうか。
結城:そうですね。純粋に数も相当書いてきましたし、短篇のときに使う筋肉とか呼吸法みたいなものが掴めてきたという感覚はあります。なおかつ、『#真相』のときとはまったく違うアプローチを試して、それを最後まで書ききれたということが自信にもなったかなと。『小説すばる』さんからはアバウトに「結城さんらしい作品を」みたいな依頼だったんで、「僕って何?」とだいぶ考えましたが(笑)。結局、僕がおもしろがってもらっているポイントって、いちばんは着眼点、物の見方だと思うんですよね。そういう期待には今回、応えられたかなと思います。
広がりを持てるエンタメを長篇でやるというのが一つの目標
——過去の長篇ではVRであったり、ドローンによる物資輸送であったり、現在注目されているトピックが物語の重要な背景として用いられていましたが、あれも短篇と同じような考え方で採用されたモチーフなんですか。
結城:だと思います。長篇と短篇で用いるモチーフの規模が違いはしますが、基本的なところは同じですね。僕は大学まではミステリーでも本当にメジャーな作家、作品しか読んでこなかったんです。ただ、ミステリーに限らず、ドッキリを仕掛けるみたいなことは昔から好きでした。誰かの裏をかいておもしろがらせることを至上の喜びに思うようなメンタリティは昔からありました。そこに、本を読むのは好きだし自分でも書いてみたい、という思いが掛け合わさって、それってミステリーがドンピシャじゃないか、という発見につながっていきましたね。
——この後の展望をお聞きしたいです。2作短篇集が続きましたので、特に長篇について。
結城:長篇でも『#真相』みたいなことをやりたいという気持ちがあります。ミステリー・ファン以外にも手に取っていただける、広がりを持てるエンタメを長篇でやるというのが一つの目標ですね。これはデビュー当初からの作戦でもあって、作家としていきなり大きく跳ねることが難しいというのはわかっていたので、最初はミステリーというジャンルを好む方たちにまず届けよう、と長編の3作を書いたんです。幸い『#真相』で読者が拡がったタイミングでもありますので、長篇で同じことをやるにはどうすればいいかをちょっと考えなきゃいけないですね。
——最後に、これから読まれる方のために一言いただけると嬉しいです。
結城:はい。皆さんがレストランを選択されるとき、もちろん料理を重視される方が多いでしょうが、お店の雰囲気が大事ということもあるでしょう。料理にしても、味なのか量なのか、盛り付けなのかと、いろいろなポイントがあると思います。今回、極力いろいろなニーズに応えられるようなラインナップを揃えたつもりですので、ぜひ気楽にご来店いただければ幸いです。どうぞ楽しんでお読みください。
■書籍情報
『難問の多い料理店』
著者:結城真一郎
価格:1870円
発売日:6月26日
出版社:集英社