『感応グラン=ギニョル』の先へーー空木春宵『感傷ファンタスマゴリィ』が創り上げる痛みの世界
空木春宵の世界は痛い。第二回創元SF短編賞の佳作となったデビュー作「繭の見る夢」でも、微妙に〝痛み〟を織り込んでいたが、2021年に刊行された第一短編集『感応グラン=ギニョル』で、肉体と心の痛みが、これでもかと突きつけられていた。第二短編集となる本書も同様である。ただ、本の情報サイト「好書好日」に掲載されたインタビューで、「テーマ的にも対になっていて、前作は〈痛みと呪い〉にまつわる短編が並んでいましたが、今回は〈呪い〉をどうやって解くかという問題に向き合った5編が収録されています」といっていることに留意したい。『感応グラン=ギニョル』の先に進んでいるのだ。もちろん本書だけ読んでも問題ないのだが、前作から続けて読むと、作家としての進化がより明確に捉えられるだろう。
本書には中短編五作が収録されている。冒頭の「感傷ファンタスマゴリィ」は、十九世紀末のフランスが舞台。幻燈機を使った幽霊ショーは、時代遅れになりつつある。特別な幽霊幻燈機(ファンタスコーブ)の職人であるノアも、それを承知の上で仕事を続けている。ある日、鏡だらけの屋敷で暮らすマルグリットから、五年前に亡くなった妹を映し出す幽霊幻燈機を依頼されたノア。依頼主が納得するような幻燈を作るには、その人物を深く理解しなければいけない。屋敷で暮らしながら、妹を知ろうとするノアだが、しだいに意識が妹に飲み込まれていくのだった。
多くの書評は評価のポイントをストーリーに置いている。しかし本作は、まず文体を称揚すべきだろう。戦前の翻訳を彷彿とさせる擬古的で美しい文体は、読み飛ばしを許さない。じっくりと文章をたどっているうちに、十九世紀のパリの風景や、屋敷での暮らしにのめり込んでしまうのである。再びインタビューから引用するが、「文体については作品ごと、テーマやモチーフに沿って変えているつもりです」といっている。そのような姿勢と才知が、よく表出された文体なのだ。
もちろんストーリーもいい。嗜虐趣味のあるマルグリットのキャラクターに引き込まれていたら、ある物が発見されてからの展開に驚かされる。そこから露わになる、自己存在の揺らぎの果てに、なんともいえない気持ちになった。凄い物語である。
続く「さよならも言えない」は、服装にスコアが付けられ、人々が無意識のうちに、それにコントロールされる世界が舞台。〈服飾局〉の局員のミドリ・ジィアンは、コントロールする側の人間である。だが、極端にスコアの低いジェリーという少女と友達になり、ミドリの意識はしだいに変わっていく。それと並行して〈服飾局〉の部下との、微妙な関係も描かれる。やがて明らかになる管理された社会は醜悪であり、物語の結末は苦い。それでもラストで示されたミドリの、ささやかなスコアへの抵抗に、希望を感じずにはいられないのだ。
「4W/Working With Wounded Womem」は中編。そして本書の中で、もっとも肉体的に痛い話である。舞台となっている場所は〈上甲街〉と〈下甲街〉に分かれている。ふたつの街は〈エコーシステム〉により結ばれていた。〈上甲街〉の住人が瑕つくと、その住人の〈冥婚相手〉である〈下甲街〉の住人が、その瑕を肩代わりするのである。死んでしまうほどの瑕も同様だ。このため〈下甲街〉の住人は、いつ自分が負傷するのか、あるいは死ぬのか分からないまま生きている。
という、えげつないシステムの世界で、〈下甲街〉の住人のユイシュエンの、過酷な状況が綴られていく。グロテスクな描写が多いので読者を選ぶが、起伏に富んだストーリーは力強い。肉体的な痛みに鈍感になった〈上甲街〉もパラダイスではなく、世界は諸共に醜悪である。それでも本作の着地点には救われた。これまた凄い話である。