女装家心理カウンセラー・クノタチホが考える、ルッキズムとの向き合い方 「絶対的な答えがあるはずだと信じることをやめること」

自分もふくめてすべては一時的な存在である

ーー「美しさ」の難しいところは、主観と客観が入り混じるところなのかなあと、お話を聞いていて思いました。他人から傷つけられて自尊心が削られ、美醜にこだわりすぎてしまうということもありますし。

クノタチホ:たとえば、朝起きたらまるで違う人の顔になっていたとします。十人すべて、同じ顔になっていたとしても、その顔に対する評価はそれぞれ違うので、得られる幸福度も変わってくるはずなんですよ。いくら美しくても賢くなければ意味がない、と思う人もいるだろうし、これでは足りないと思う人もいるでしょう。その基準が、どこにあるのかを知ることもまた、大事だと思います。みずからの目標のためにこだわって美しくなりたいのか、周囲からのジャッジによって強迫観念に駆られているのか、それを知るだけでも、自分が本当に満足するために何をするべきなのか、見えてくるんじゃないでしょうか。

ーーちなみに、鏡の向こうで過ごせるのは66日と決まっています。それ以上は、二度と現実に戻ってこられなくなる。なぜ、66日だったのでしょう?

クノタチホ:外見の変化によって得られた変化を内面にフィードバックして、改善する必要性があるような状況に追い込まれるには、だいたい平均してそれくらいかかるかな、というのが心理カウンセラーとしての実感でした。なにごとも、一朝一夕にはいかないんですよね。人は、たった一つの答えを求めがちであると同時に、短期間で結果を出そうとしてしまう。それもまた、気をつけなくてはならないところだなあと思います。

ーーそれは、ご自身も時間をかけて性自認に向き合ってきたからこその体感でもあるのでしょうか。

クノタチホ:そうですね……。自分が同性愛者であると気づき、女装するようになってから、今年でちょうど十年目。最初の一年はよかったんですけれど、二年目くらいから、けっこうしんどくなっていったんです。というのも、いわゆるマイノリティの世界に足を踏み入れて気づいたのは、世間の枠組みから外れて自由に生きているように見える人たちのなかにも、それなりに正しさの定義づけがあり、暗黙の了解があるということ。どんな世界にも、生きるために踏まえておかなければならない前提があるんです。そこで息苦しさを感じるのならば、その前提を壊して、自分が幸せになるための選択をしていかなくてはならない。自分はどうしたいのか、考えなくてはならない。そんな私の試行錯誤も、この小説には反映されていると思います。

――「ありのままで生きる」というのも今作のテーマでした。でもその「ありのまま」すら、変わっていいんだ。一貫性なんてなくてもいい、という描かれ方に、救われる読者は多いと思います。

クノタチホ:誰しも、普遍的な自分らしさというものを探してしまうんだと思うんですよ。冒頭で「本当の自分」という話をしましたが、やっぱりそこにも、究極的な、たった一つの何かがあると思い込んでしまう。そしてひとたび、それを見つけたと思ったら、その状態を貫かなければいけないのだと。でも、変わり続けるということが、一番のあなたらしさなんだよ、ということは伝えていきたいですね。十年、二十年、続けられる自分を探すのはしんどいけれど、とりあえず一年はこれでやっていこう、くらいの気軽さのほうが、みんな前に進んでいける。それに、自分もふくめてすべては一時的な存在である、と解釈したほうが、本当の意味で多様になれるのではないのかな、と。

ーー多様性、という言葉がかえって定義づけを推進し、多くの人を縛りつけている感じもありますよね。

クノタチホ:選択肢も多くなりすぎて、みんな、自分の存在意義がどこにあるのか、何をもって自己肯定すればいいのか、わからなくなっている気もしますね。こんな実験結果があります。親ネズミから子ネズミを隔離し、子育てという役割を奪うと、毛づくろいばかりするようになる、と。今、まさにそれに近いことが社会で起きているんじゃないでしょうか。みんな、なすべきことを見失って、容姿を磨くことばかりに心が向いてしまっている。でも美しさだけで心は満たされない。じゃあ、何をするべきなのか、どうすれば幸せになれるのか、この小説がみなさんのヒントになればうれしいです。

ーー今後、メディアに出る機会も増えるのでは、と思うのですが、小説に限らず、どんなことを伝えていきたいですか。

クノタチホ:社会的に批判される、一見間違ったことをしている人の、受け止め方を変えられるような視点を提供できればな、と。去年、文春オンラインさんに取材していただいたのですが、きっかけは、女装して性犯罪をおかした方が私のブログを熟読していたことだったんですね。その方は直接の知人ではないけれど、どういう心理で犯行に至ったかを心理カウンセラーとしてお話しましたら、記者の方も、その方の人となりの見え方ががらりと変わったそうで。もちろん罪を犯したことは許されないし、過剰に擁護するつもりもありません。でも、それでも、ただ断罪するのではない目線で私が語ることで、問題の解決に向き合う人たちの心になにかいい影響を及ぼすことができたら、私がメディアに出る意味もあるのではないかと思っています。

■書籍情報
『コンプルックス』
著者:クノタチホ
価格:1,870円
発売日:2024年3月15日
出版社:サンマーク出版

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