『変な家』の飛鳥新社、ライト文芸レーベル「with stories」創刊の狙い 「挑戦したい人たちと純粋に面白いものを作りたい」
初めての読者が小説の世界に入って行きやすいように
――背中を押してあげる物語という部分は、文月蒼先生の『水槽世界』に女優の畑芽育さんが寄せた推薦の言葉にもありました。陰キャで友だちゼロの男子高校生、橘海人には人の心に棲みついている魚が空中を泳いでいるように見えて、そんな魚をいっぱい泳がせている女子高生の桜庭澄歌と知り合い、惹かれていくというストーリーです。
内田:『水槽世帯』は主人公もヒロインも生き方が不器用なんですよね。見ていても何かもどかしい部分があったりするけれど、それでも他者との関わりに対して臆病な2人が最終的に結ばれる。そんなストーリーになっています。小さい勇気を持つことがすごく大切なんだといったことを伝えたいと文月蒼先生とは話していたので、そうした一歩を踏み出したい人に読んでもらいたいと思っています。
――文月先生は今の作品がデビュー作になります。どのような経緯で刊行に至ったのでしょう。
内田:「東京中野物語文学賞2022」という新設の文学賞があって、その最終選考に残っていた作品です。作家エージェントをしているアップルシード・エージェンシーの鬼塚忠代表が選考委員にいて、以前から新しいレーベルの立ち上げを考えているということを話していたら、何作か応募作品を紹介していただいて、そこにあったレーベルのカラーに合いそうな作品が『水槽世界』でした。
――どこに惹かれましたか?
内田:人の心が魚として見えるという発想がすごいなというのがまずひとつ、ありました。あとはクライマックスのシーンです。ネタバレになるのであまり触れませんが、とても映像的でした。花火が打ち上がったりとか、色とりどりの魚がバーッと舞っていたりとか。色彩がとても鮮やかに描かれていて印象に残りました。また映像を感じさせるシーンが多かったので、映像化やコミカライズといったものにも広げていきやすいとも思いました。
――刊行までに文月先生とはどのようなやりとりをされたのでしょう。
内田:まず大幅に改稿していただきました。当初はあまりラブストーリー的なものではなかったんです。「東京中野物語文学賞2022」がやや純文学寄りの賞で、応募作も文学的なベクトルのものが多くて、『水槽世界』もそうした内容でした。「with stories」から出すことになって、ポップなエンターテインメント作品といった方向にしていただけるようにお話しして、他者との関わりに不器用な2人のラブストーリーを軸にした内容にしていただきました。
――『ハジマリノウタ。』もそうですが、『水槽世界』には口絵の代わりにストーリーの一部を取り出した漫画が掲載されていて、海人と澄歌がどのような雰囲気で過ごしているかとか、心が魚として見えるというのはどのような感じなのかが分かります。「with stories」で小説の巻頭にマンガを入れたのはなぜですか。
内田:初めての読者が小説の世界に入って行きやすいようにしたかったことがあります。小説や物語は最初の方は設定を見せるようなところがあって、それが壁になって読書が嫌いになってしまう人もいます。乗り越えてしまえばどんどんと物語の世界に入っていけるのなら、その導入部をちゃんと作ってあげようと思って入れました。
――高橋先生は小説の冒頭に漫画が付いたことをどう思いましたか。
高橋:面白いんじゃないかなと思いました。内田さんが言うとおりで、本をあまり読んだことがない若い人や、20歳以上でも新しい作品をこれから読むという人にとって、スッと中に入り込みやすいという意味で漫画があるのは良いことではないでしょうか。少しずつ世界に入っていって、世界観を感じ取ってから文字にグッと入っていけますから。
内田:実は、この漫画はレイヤーをかなり分けているんです。吹き出しも全部取れる状況になっていて、宣伝素材として展開できるし漫画動画とか縦スクロールの漫画としても配信できます。宣伝素材としても使っていこうと編集側では考えています。小説の宣伝って難しいじゃないですか。活字だけでは作品の良さを十分に伝えられないところもあります。文字や言葉で見せても若い人に伝わらないのなら、漫画や動画にして見せるというのもひとつの方法だと思います。実際、TikTokの動画も作り、日を追うごとに再生回数も増えています。