凪良ゆう「多様性のなかにはちゃんと“普通”も含まれる」 作家生活17年を振り返って

誰かにとってとても大事なことを不用意に触りたくない

――本作を読んでいて、もう一つ感じたのは、凪良さんは本当に優しい人なのだな、ということでした。物語のなかでも、厳しい現実を容赦なくつきつけられる場面が多々ありますが、本当につらいこと、しんどいことを知っているからこそ、その場限りの甘い言葉は言わないし、描かない。そのうえで希望を模索し続けている。それは、本当に優しいことだな、と。

凪良:そういう、臨機応変に対応できないところが、自分ではあまり好きではないんですけどね。たとえば、大好きな山本文緒さんを追悼する文章を書くときも、どうしても「お悔やみ申し上げます」とか、大人として言うべき言葉を、入れることができませんでした。それが礼儀だとはわかっているけど、まだ気持ちに整理がついていない、失ってしまったことに全然納得ができていないのに、建前だけで言うことはできない、と。同様に、面識はないけれど存在としては知っている、作品は大好きだったという方の訃報に触れたときも、SNSでお悔やみの言葉を述べることができない。誰かとその悲しみを共有したいとも思えないんです。

――それは、BLで「この場所に性描写を入れる意味はあるのだろうか」と試行錯誤されたお気持ちと、通じるような気もします。

凪良:私にとって共感はとても大事なことだけど、そういう共感はいらないな、って思っちゃう。誰かにとってとても大事なことを不用意に触りたくないし、私も触られたくないな、と。ただ、そういう頑なさは、人によっては冷たさととられてしまうでしょう。大人として、一言付け加えればいいじゃない、って思うときもたくさんある。でも、なかなかできないのは、私が子どもだからなのかもしれませんね。

――誠実なんだと思います。誰に対しても、何に対しても。そして、そういう凪良さんの紡ぐ言葉だからこそ、読者は信頼して身を委ねられるし、心をつかまれるのだと思います。

凪良:そう言っていただけるとホッとします。興味深いのが、私の小説って読む方によって印象が違うみたいなんですよ。心理描写がしつこい、湿度が高い、とおっしゃる方もいれば、淡々としているとおっしゃる方もいる。確かに私は、心理描写を丹念に積み重ねていく書き方をしているけれど、一つひとつが重たくならないようにしているので、そのどちらを感じ取るかで変わってくるのかな。

結婚は一生愛される保証ではない

――対談でもお話されているように、凪良さんは「人と人とは理解しあわない」ことを前提にしていらっしゃるじゃないですか。心理描写が繊細だから共感はしてしまうんだけど、芯のところで、理解されなくてもかまわないと思っているような印象も受ける。その、どこか突き放した感じを汲みとる人が「淡々としている」と表現するのではないでしょうか。

凪良:たしかに、突き放している感じはありますね。小説でなくても「あなたのことわかりますよ」って言われたら、ちょっと引くじゃないですか(笑)。だから、人と人との結びつきを描いたとしても、そこに熱い絆みたいなものはない。たとえば今回の対談集でお話しさせていただいた町田(そのこ)さんと私のいちばんの違いはそこなんですよね。私は、人を完全に信じることはないし、信じられるのもいやなんです。信じあった瞬間から信頼関係は崩れていくから、ちょっと信用おけないな、でも信じたいな、くらいでお互いのために努力するのがいちばんいいと思うんです。でも町田さんは、ちゃんと信じますよね、相手のことを。だからどの小説も、あたたかい。

――そのお二人の違いが、対談からも伝わってきて、おもしろかったです。そして、どちらのスタンスも「わかる」んですよね。町田さんのように、ちゃんと信じられる相手を見つけたいと思う一方、信じあえる関係を築いていくのが正解、という流れも怖い。

凪良:私も、怖くないのかなって思っちゃいます。たとえば、結婚したからといって、相手にすべてを預けてしまうと、その人の関係にヒビが入った瞬間、すべてが崩れ去ってしまうじゃないですか。自分だけの足場も、ちゃんと持っておいたほうがいいんじゃないのかな、と。『星を編む』でも書きましたが、結婚は一生愛される保証ではない。それなのに、何かを担保するものだと信じている人があまりに多くて、戸惑いを感じることはあります。

――そういう意味で『汝、星のごとく』は「愛し愛される」ではないけれど型にはまらない結婚のかたちを描いた小説でもありましたね。

凪良:恋愛を介さない結婚をすることで、愛とか恋とか離れた場所からお互いを助け合って生きていこうという「互助会」が発端ではありますが、『星を編む』ではその関係がちゃんと恋愛に昇華されていく過程を描いています。というのも、枠からはみでるのがいいことだと言いたいわけではなく、多様性のなかにはちゃんと「普通」も含まれるんだよということも、書きたかったんですよね。私は決して、普通の結婚を否定したかったわけではない。否定しなければ新しい場所にいけないわけでもない。どんな関係性でも、これは正しい、これは間違っている、ということで歪になってしまうから、普通だろうと、枠からはみ出ていようと、一緒に前に進んでいこうよ、ということを書きたかったんです。

――山本文緒さんとの対談では、恋愛小説のバトンを渡されていました。改めて、恋愛小説というジャンルに対する想いをお聞かせいただけますか。

凪良:単純に、私が読者として触れて、いちばんキラキラして楽しかったもの。この物語が大好き、という心の奥底まで食い込んでくる想いを与えてくれた存在です。山本文緒さんはもちろんのこと、江國香織さんに山田詠美さん、林真理子さんなどの小説を二十代のときに読んで、ぐさぐさ心に突き刺さったんですよね。

――恋愛小説だからこそかけること、ってありますか。

凪良:努力しても報われない不条理さ、でしょうか。先ほども話したように、人と人とは理解しあえないし、努力が必ずしも実るわけではない。そのなかでもがく人たちの姿が、私はとても好きなんです。でも、最近は、恋愛小説自体が減ってしまいましたよね。私自身、恋愛小説を書こうとすると、どうしても倫理に揺さぶられてしまって、昔のように自由に書けないのを感じています。四月に、江國さんの『東京タワー』がドラマとしてリメイクされますけれど、今、同じテーマで新しく小説を書くのはけっこう覚悟がいることだなと思います。

――不倫というだけで、嫌悪感を示す人が多いですからね。

凪良:読者の方から、こういう恋愛はいかがなものか、と声が寄せられることもありますしね。だから『汝、星のごとく』を書くときは、ものすごく気を遣ったのですが、気を遣っている時点で、あのころ憧れていた恋愛小説からは遠ざかっているな……とさみしくもあります。浮気をする男は問答無用でクズ、たとえすばらしい俳優さんであっても、倫理的に×がついた時点でだめになる、という空気も苦手で。世の中で×とされていることは、本当にそこまで否定されなければならないことなのか、というのは常に書いていきたいと思っています。

――ちなみに、今後の作品のご予定は。

凪良:『美しい彼』の四巻が、ついに刊行される予定です。多くの読者さんに届いている作品なので、期待にこたえられる作品になるよう、精一杯、つとめたいと思います。

■書籍情報
『ニューワールド 凪良ゆうの世界』
著者:凪良ゆう
価格:1,650円
発売日:2024年2月21日
出版社:中央公論新社

関連記事