綾辻行人×下村敦史『そして誰かがいなくなる』対談 「作家がミステリの舞台になる家を本当に建てるなんて」

なぜ京都に住み続けるのか

――お二人は京都にお住まいですが、「東京より京都がいい」という感覚がおありなのでしょうか。

下村:デビューしてから、いろんな先輩が「東京に出てこい」とおっしゃって、上京を考えた時期はあったんです。ただ数年前、両親が「将来のことを考えて、本をたくさん並べられる書庫がある家を建てたら?」と勧めてくれて。生まれ育った地元に亡くなった祖父母の土地がありまして、そこで初めて「家を建ててみようか」って思ったんです。その後はもうこうして突っ走っちゃったんで、今から東京への移住は考えていないです。

綾辻:僕は京大ミステリ研究会出身の仲間がみんな京都にいたから、あまり東京に移り住む必要性を感じなくて。行こうと思えば新幹線で3時間かからないし、デビュー当時から宅配便はあったし……で、不便も感じなかった。それに、京都くらいのコンパクトな街の方が住み心地がいいから。東京は巨大すぎて、人が多すぎて苦手です。

下村:東京に出てこいって言ってた人たちも皆「下村はもう京都にもう一生住む気だな」ってなってると思いますね。

綾辻:全然OKなんじゃないかな。なんで東京へ行かなきゃいけないのか、さっぱりわからないですね。でも、聞くところによると下村さんは、京都の「和」の雰囲気はお好きじゃないと?

下村:そうなんです。嫌いってわけではないのですけれど、幼い頃から周りが「和」ばかりだったので「洋」にずっと憧れていました。デビューしてから東京の洋風のホテルに泊まった時も、「すごく好きだな」と感じたんです。この家も「洋」に対する憧れがあったから、このデザインになったのかもしれないですね。

下村さんの「洋」への憧れが色濃く表れた寝室

長編小説を書いたあとは著者も作品の影響を受ける

――『そして誰かがいなくなる』は、実在する邸宅を舞台に、実際の間取りで物語が展開します。居住環境や好みがご自身の作品に影響を及ぼすことはあるのでしょうか。

下村:ありますね。家を建てている1年の間、毎日のように大工さんに差し入れをしながら工事の様子を観察していたんです。見ていると次第に「事件は地下で、ああいうふうに起きて……」と状況が頭に浮かんできます。建築中の1年間は学びが多かったです。

綾辻:それは特殊ケースだよねえ。普通は、思いついたトリックを成立させるためにはどんな建物が必要か、を考えていくものだから。やっぱり前代未聞ですね、この作品は。

下村:そうですね。自分の家の地下室を造っている様子を見ながらトリックを考えるなんて、きっと2度はないだろう経験です。

綾辻:自分が住んでいる家でヒントを得る、ということはありますけどね。20年ほど前に今の家を建てて住みはじめた頃、飼っていた猫がリビングの天井をじっと見つめていたことがあったんです。「どうしたの、何を見ているの?」と猫の視線を追ってみたら、天井付けの照明のカバーのなかにでっかいムカデがいて、蠢いていたの。もう冬だったのに。ムカデは大の苦手だからパニックになったけど、同時に「あ、これを使って怪談が書けるな。自分と猫にしか見えない、他の人には見えないモノの話とか」なんてことを考えていました。執筆環境の変化のおかげでネタを拾えた、という体験のひとつです。

――反対に、自分の作品が住環境を変えてしまう場合はあるのでしょうか。

下村:あると思います。ちょうど家を建てると決めた時、ホテルを舞台にした『ヴィクトリアン・ホテル』という小説を書いていたんです。始めはモダンなホテルのイメージで書いていたんですけれど、1話の途中でふと「なんで日本にあるホテルじゃなきゃいけないんだろう」と疑問をいだきましてね。どうせだったらヨーロッパ風のホテルにした方が読者も楽しいんじゃないかと、内装を含めて書き直したんです。あの時の自分の「好み」が、明らかに現在の家の雰囲気につながっています。

綾辻:20年前に家を建てた頃って、何年もかかって『暗黒館の殺人』という長大な作品を書いていたんです。この「暗黒館」はとにかく黒くて暗かった。窓は少なくて小さくて、内装はほとんど黒か、さもなくば赤、という建物で。そんな小説をえんえんと書いていたものですから、自分の家を建てた時にもつい、窓を小さくしてわざと薄暗くしたり、書斎周りのカーテンを全部真っ赤にしたり、という影響を受けてしまいましたよ。

 下村さんも、『そして誰かがいなくなる』の影響が実生活に出てくるかもね。「お客さんを地下室で拷問するまで帰らせない」とか。

下村:拷問前提ですか(笑)。

■書籍情報
『そして誰かがいなくなる』
出版社:‎中央公論新社
価格:1,980円(税込)
発売日:2024年2月21日

■綾辻行人(あやつじ ゆきと)
小説家。1960年、京都府出身。1987年、京都大学大学院在学中に『十角館の殺人』で作家デビューする。1992年『時計館の殺人』で第45回「日本推理作家協会賞」受賞。2019年に第22回「日本ミステリー文学大賞」受賞。代表作「館」シリーズの累計発行部数は650万部を超え、読者を魅了し続けている。

■下村敦史(しもむら あつし)
小説家。1981年、京都府出身。2014年に『闇に香る嘘』で江戸川乱歩賞を受賞し、デビュー。数々のミステリーランキングで高評価を受ける。主な著書に『真実の檻』『サハラの薔薇』『生還者』『刑事の慟哭』『同姓同名』『ヴィクトリアン・ホテル』などがある。

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