生成AI活用の芥川賞受賞作『東京都同情塔』で考える、AIと人間と「大独り言時代」到来の可能性

 受賞記者会見での作者・九段理江の「全体の5%ぐらいはおそらく生成AIの文章をそのまま使っているところがある」という発言が話題となっている、芥川賞受賞作『東京都同情塔』。そんな本作でテーマとなるのは、いつの間にか社会で共有されているが実態のよくわからない、新語に対する違和感である。

 物語は2026〜2030年という近未来の東京が舞台となる。建築家の牧名沙羅は、大規模なタワー建設プロジェクトのデザインコンペに参加するため構想を練っていた。新宿御苑の敷地内に2030年完成予定のタワーは、ホモ・ミゼラビリスを収容する施設となる。「ホモ・ミゼラビリス」は幸福学者のマサキ・セトが提唱する概念で、その出自や境遇が「不憫」「あわれ」「かわいそう」な、「同情されるべき人々」である犯罪者・受刑者を指す。「誰一人取り残さないソーシャル・インクルージョン」と「ウェルビーイングの実現」を目指す政府・自治体がこの概念に賛同し、彼らを尊重・支援するための刑務所新設計画が動き始めたのだった。

〈狂ってる〉。沙羅は「シンパシータワートーキョー」という刑務所とは思えないリゾートホテルのような名称になることを後から知り、決定に関与した人々のネーミングセンスに疑問を覚える。彼女がコンペのために缶詰となっている、都心にあるホテルの一室。そこを訪れたボーイフレンドの拓人は、建設プロジェクトの資料を偶然目にし、「東京都同情塔」と思いつきでタワーの名称を言い直す。その〈語の構造はシンメトリーだし、音的にも綺麗な韻を踏んでいて、刑務所にふわさしい適度な厳しさも含んでいる〉言葉に強く惹かれる沙羅。建設されるタワーの名称は、東京都同情塔こそふさわしいのではないか。

 格差や差別の解消が求められる時代の中で使用される、犯罪者=ホモ・ミゼラビリスのような何かに配慮しているが、言葉の厳密さや洗練性を十分に検討したのか定かでないカタカナ語。人はそれをなんとなく受け入れ、定義の詳細がわからなければAIに聞いて確認する。シンパシータワートーキョーは現状、こうした構図を象徴する建物になるはずだ。〈建築は都市を導き、未来を方向付けるものでなければならない〉。そう考える沙羅の建設プランにはコンペで勝つためのデザインに加え、〈各々の勝手な感性で言葉を濫用し、捏造し、拡大し、排除した、その当然の帰結として、互いの言っていることがわからなくなる。(略)大独り言時代の到来〉から逸脱するためのある企みも、含まれるようになる。

 本作がユニークなのは、その後のコンペの模様など話の本筋になりそうな場面が、全くといっていいほど出てこない点だ。物語の進む中でいつの間にか沙羅のデザイン案が採用され、タワーは完成している。代わりに何が描かれるのかといえば、デザインの構想中もタワーの完成後も延々と続く、登場人物たちによるとりとめのない思索と対話である。

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