『隣人 X』 原作者 パリュスあや子インタビュー「相手をわかったつもりになるのは、とても危ういこと」
マイノリティという立場からしか見ることのできない景色がたくさんあった
――11月27日に刊行された最新エッセイ『パリと本屋さん』では、ご自身のことを「移民」と称していました。フランスで暮らしている経験も、今作には反映されているのでしょうか。
パリュス:そうですね。とくにリエンの葛藤には、私の経験を多く重ねています。フランスでは、就職活動ひとつとっても、言葉の壁以上に悔しい思いをさせられることがたくさんあって……。日本にいるときも、派遣で食いつないだり、バイトを掛け持ちしたり、安定しない暮らしを続けてきたので、自分はどちらかといえばマイノリティ側の人間だと思っていたんですが、日本人というだけで有していたマジョリティの特権もあったのだと気づかされました。フランスでの私は、いわばXのようなもの。マイノリティという立場からしか見ることのできない景色がたくさんあったんです。その気づきを啓蒙しようというつもりはありませんでしたが、エンタメとして昇華できたらいいな、と。
――『パリと本屋さん』には「発作的に小説を書いた」ともありましたが、『隣人X』がはじめて書いた小説だったんですよね。
パリュス:はい。もともと書くことは好きで、歌集を出したり、脚本の仕事をしたりはしていました。でも、フランスで日本語の脚本を書いて映像化するのはかなりハードルが高いですし、フランス語で書いてみたりもしたんですけど、やっぱり難しかった。ライターの仕事は細々と続けられてはいましたけれど、依頼があって初めて成立するものなので、思うとおりにはやれないことが多い。自分の好きなものを、心のおもむくままに表現したい!と渇望していたときに、小説だったら自由にやれるんじゃないかと思いついて、書いてみることにしたんです。
――それが小説現代長編新人賞を受賞してデビュー、というのもすごいですが、結果的にこうして映画化に繋がっているのもすごいですね。
パリュス:自分でも信じがたいことです。たぶん、映像化を前提としていたら、この小説は書けなかったと思うんですよ。小説を書くときは、心情描写をネチネチと執拗に書けるのが楽しかったのですが(笑)、それはふだん、脚本を書くときにはト書きで済ませ、役者さんの演技に委ねる部分。映画じゃないからこそできた表現が、まわりまわって映像ならではの表現で映画化してもらえたことが、本当にうれしいですね。
――『パリと本屋さん』を読んでいると、移民としてフランスで暮らしてきた日々が、パリュスさんの作家としての基盤になっているのだなということも感じます。ただ本屋さんを紹介するだけでなく、本を愛する人たちがどのように営みを重ねているのか、日本で暮らす私たちの「違う」と「同じ」をいったりきたりしながら、描かれていますね。
パリュス:パリの本屋さんをテーマに自由に書いてみませんか、と言われたときは、エッセイを書くなんて初めてのことだったし、自分でも方向性がよくわかっていなかったんです。だからシンプルに、自分の身の回りにある、大好きな本屋さんとの出会いや、そこに行きかう人たちのことを書いてみようと思いました。そうすると、必然的に私の日記みたいなテイストにもなり、時事にも関連していったんですよね。
――期せずして、連載中にコロナ禍にもなった。
パリュス:そうなんです。世の中に大きなうねりが起きて戸惑う一方、これはいつか必ず過去になっていく、という実感もありました。だから、コンフィヌモン(ロックダウン)が起きたときのことも、ちゃんと書き留めておきたかった。まさか三回も続くとは思いもしませんでしたが、それもふくめて、フランスはあのときこんなふうだったよ、という覚書として残すことも、何か意味があるんじゃないかな、と。だからといって大袈裟に、派手に書いたつもりはなくて、ごくごく普通の市井の人たちがどのように日々を生きているか、自然と感じられるものになったらいいなと思います。
――改めて日常を見据えることで、気づくことはありましたか?
パリュス:コロナを介して、人々の考え方や情勢が変化しているのがくっきりと感じられる一冊になったのは、よかったんじゃないかと思っています。あと……私、フランスに暮らしているんだなって(笑)。何をいまさら、と言われるかもしれないですが、一冊の本として読みかえしてみたときに、点と点が線で繋がったというか……。あのときの出会いは今、こんなふうに育っているんだ。時間をかけて、私はこんなふうに営みを重ねてきたんだ。あの時のあの経験が、今、こんなふうに生きているんだ。そんなことを、改めて実感できたんです。私は今、フランスに根差して暮らしている。その手ごたえを得ることができたのは、自分でも驚きでした。
――その「点と点が結ばれていく」ことこそが人生であり、誰とどんなふうに出会ってともに過ごすかが大事なんだということは『隣人X』にも描かれていた気がします。属性や先入観に惑わされず、その点と線を大事にしていくことが必要なんだ、と。
パリュス:そうですね。だって、世の中のほとんどは知らない人なんですから(笑)。理解できないから、わかりあえないからって絶望しなくていいし、むやみやたらにおそれることもない。わかりあえないなかで、どれだけ相手に寄り添えるか、自分とは異なる立場を思いやれるかが大事なのだということは、この数年感じていることなので、自然と小説にも滲み出ているかもしれません。映画と小説、どちらの作品世界にも触れていただくことで、みなさまに何か感じるものがあったら嬉しいです。
■パリュスあや子(ぱりゅす・あやこ)
1985年、神奈川県生まれ、フランス在住。広告代理店勤務を経て、東京藝術大学大学院映像研究科・脚本領域に進学。2015年、歌集「その言葉は減価償却されました」を上梓。「山口文子」名義で映画『ずぶぬれて犬ころ』(2019)脚本を担当。『隣人X』で第14回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。他の著作に『燃える息』、『パリと本屋さん』がある。
■映画情報
『隣人X -疑惑の彼女-』
12月1日(金)新宿ピカデリー 他全国公開
出演:上野樹里 林 遣都
黃 姵 嘉 野村周平 川瀬陽太/嶋田久作/原日出子 バカリズム 酒向 芳
監督・脚本・編集:熊澤尚人
原作:パリュスあや子「隣人X」(講談社) 音楽:成田 旬
主題歌:chilldspot「キラーワード」(PONY CANYON / RECA Records)
配給:ハピネットファントム・スタジオ
制作プロダクション:AMGエンタテインメント
制作協力:アミューズメントメディア総合学院
©2023 映画「隣人X 疑惑の彼女」製作委員会 ©パリュスあや子/講談社