声優・悠木碧「ずっと人間に興味があった」 初のエッセイ集『悠木碧のつくりかた』インタビュー

悠木碧『悠木碧のつくりかた』(中央公論新社)

 放送中のアニメ『薬屋のひとりごと』の主人公・猫猫(マオマオ)をはじめ、『魔法少女まどか☆マギカ』の鹿目まどか、『戦姫絶唱シンフォギア』の立花響、『幼女戦記』のターニャ・デグレチャフなど、数多くの人気アニメ作品に出演する声優・悠木碧が、初のエッセイ集『悠木碧のつくりかた』(中央公論新社)を刊行。同作は、生い立ちから子役時代、声優業との出合い、人気キャラクターを演じながら走りきった大学生活の思い出などからなる「お仕事篇」と、オフの日の過ごし方や推しへの愛情、メイクやファッションなどの話題を収めた「推しごと篇」の2章に分かれ、彼女の半生が綴られた。

 11月5日に東京・大手町で開催された購入者限定イベント終了後に、作者である悠木碧をインタビュー。同作は、どのような過程で書かれたのか。書いたことによって気づいた自分について、同作に書かれた内容について、『悠木碧のつくりかた』をフックに悠木碧という人間に迫った。(榑林史章)

参考:イベントレポートはこちら

私はすごく人間のことが好きなのだなと感じました

――『悠木碧のつくりかた』というタイトルが絶妙です。どのようにして決まったのですか?

悠木碧(以下、悠木):担当編集者からは別のタイトルを勧められたのですが、私から「『悠木碧のつくりかた』が可愛いと思います」と押し切ったかたちです。「つくりかた」も、絶対平仮名にしてほしいとお願いをしました。

――タイトルを決めたのは、どのタイミングだったのですか?

悠木:書き終わってから改めて内容を振り返ったときに思い浮かびました。私がどうやって作られてきたかが、詰め込まれた一冊になったという自覚があります。母の話だったり、今の自分を構成している推しの話だったり、私の成分表みたいなものになっている。『悠木碧のつくりかた』が合うし、可愛いんじゃないかとピンときました。そういう意味では、直感に従って付けたタイトルです。

――普段からクリエイティブなお仕事をされていますが、タイトルを付ける時は、いつも後から決めているのでしょうか?

悠木:そのほうが多いかもしれません。今回のエッセイは起承転結よりも、「あ、これも書いておいたほうがいいかな」「じゃあこれも書いたほうが面白いかもしれない」といったかたちで、書いたことによって次に書くことを連鎖させていったところがあったので、最終的にどんな風にまとまるか、最初から決まっていたわけではなかったんです。そもそもどう書けばいいか分からなかったし、ダメだったら書き直せばいいという気持ちで、楽しいと思うことをいっぱい書いていきました。最後にどんな一冊になったのかを振り返ったら、私のつくりかたが載っているんだな、みたいな印象でした。他のものをつくる時は、どんなかたちでそれが世に出るかにもよりますけど、先に付けていたとしても「こっちのほうがしっくりくるな」とか、「このワードにしたほうが、まとまりがよくなるかもしれない」と、後で変えることもあります。

――声優が1を100とか1000にするお仕事だとしたら、原作を書くのは0から1の作業だと思います。本を読んで、悠木さんがいかに0から1を作る作業が好きなのかが感じられました。書かれた上で、改めて分かった自身のことや、自分はどんな人だと思ったかを教えてください。

悠木:思っている以上に、私はすごく人間のことが好きなのだなと感じました。自分を観察しているがゆえに、たぶん他人のこともすごく観ていて、ずっと人間に興味があったのだなと。以前は無意識に、何なら防衛本能として他人を観察しているのだと思っていましたけど、「違うんだ! 私はもっと他人のことを知りたくてやっていたんだ」と、本をまとめてみて思いました。それが今回の自己分析の結果です。

 じゃあなぜ人間が好きで興味があるのかと言うと……。おっしゃる通り、1を100や1000にするお仕事もすごく楽しくて、それには“乗っかる楽しさ”があるんですけど、0から1を生み出すことに対しては、普段は乗っかる仕事をしているからこそ、すごく魅力を感じるんです。例えば、0から何かを生み出すのは、まだ生成AIにはできないじゃないですか。生成AIは、数多くの0から1を生み出した人がいたからこそ、そこから学習して何かを生み出せる。そんなことも考えて、人間ならではの良さを改めて感じていたのだと思います。

――悠木さんが物作りが好きなのも、人間が好きということが理由の一つにあるのかもしれません。

悠木:はい。本を全部書き上げて、いろんな方から感想をいただいて、「私ってそうだったんだ」と。それは本を書いたことで気づいたことです。書き終えたばかりの時は、「やっと全部提出できたな~」というのが正直な気持ちでした。よく本にはあとがきや筆者の感想で「締め切りに間に合ってよかった」などと書いてありますけど、まさにああいう気持ちでした(笑)。落ち着いてから読み直した時、「私ってめっちゃ人が好きだな」と思ったし、人が好きな私自身のことを、私自身も愛しているなと感じました。

頑張れる時に頑張るタイプです

――本の構成として、「お仕事篇」と「推しごと篇」という2章に分けたのは、どういう風にして決まったのですか?

悠木:話のテーマが、仕事にまつわる話と好きなものについての話という風に、結構はっきり分かれていたので、「お仕事」と「推しごと」と、言葉を掛けて分けたらいいんじゃないかと、担当編集者さんからご提案をいただきました。それを聞いて、「確かにいいな」と思いました。どっちに興味がある人が読んでも、分かりやすい構成になったと思います。

――「推しごと篇」は「お仕事篇」と比べて、くだけた感じになっていて。

悠木:自分のことを振り返ると、苦い思い出も掘り起こすことになりますが、好きなことを考えるのはポジティブな感情しかないので、「推しごと篇」はとても楽しく書けました。

――宿題のように、ちょっと大変な方を先にやって、好きなものを楽しみとして後に残すような感覚でしょうか。

悠木:その通りです。まずは「お仕事篇」を、絞ってももう何も出ないくらいまで書いて、その後に「推しごと篇」を楽しく書きました。

――普段のお仕事でも、大変なことを先にやるタイプなのですか?

悠木:タイミングによりますけど、“思考”することが必要とされることは、思考できるうちにやっておこうというのはあります。執筆の時以外でもそうで、例えば絵を描く時も、ラフを考えるのは腰が重いですが、着彩になるとわりと気楽に作業ができるので、できる時にいっぱいラフを考えておくんです。そして「もう頑張れない」という日に色を塗るというやり方にすると、時間を無駄にすることなく作業が進みます。

 今やっているアニメ『薬屋のひとりごと』で、私が演じている猫猫(マオマオ)はセリフが長いのですが、「ここの言葉は立てて、ここは引いて」といったニュアンスの差し引きを考えるのは、すごく頭を使うんです。だからそういう作品は先に台本をいただくようにしているのですが、絵に合わせてリズムに乗せて楽しくセリフを言うような作品は、絵の力に任せてもできるから、生活が忙しくて何かを思考することができない時でも準備ができます。そういう感じで、頑張れる時に頑張るタイプです。

――そうやって時間を上手く使うことで、仕事が大量でもこなすことができるわけですね。ファンの間では、その仕事量に対して「悠木さんが7人いる説」や「ロボットなんじゃないか説」も出ているほどです。

悠木:やれる時にやれることしかやっていないので、無理している感じはないですけれどね。ただ、生真面目な部分があるのは確かだし、時間の使い方については親のしつけが良かったのだと思います。子役の時は、親と二人三脚でやってきたのですが、今振り返るとしつけや教育にもなっていたと思います。

――声優の舞台裏のことやオーディションに落ちた時の心境まで、赤裸々に書かれていました。歯に衣着せぬ物言いも悠木さんの魅力なのですが、変にオブラートに包むのはやめようという意識はあったのですか?

悠木:そもそもこの本を書きませんかとお誘いをいただいた時に、「これから声優になりたいと思っている人が読むかもしれない」と言われていたんです。優しいことだけを書いたら、その子たちが声優業界に入った時に傷つくじゃないですか。それはむしろ残酷なことだと思うんです。この業界は、好きだからなりたいと思って入ってくる人がほとんどですから、入った時に想像していなかった現実を突きつけられるのは怖いはず。だから、「こういうしんどいこともたくさんあって、それを乗り越える術を私は見つけたけど、あなたはあなたのやり方を見つけてね」と提示できるように心がけました。しんどい部分も含めて楽しめないと、続かない仕事でもありますから。私の場合は、逃げることで仕事を続けることができました。現役で声優をしている私たちだって、逃げるときは逃げているんだよってことを、肩肘張らずに伝えたかったんです。

――この本を書いたことで、悠木さん自身は、何か変わりましたか?

悠木:変わったのかどうかは分かりませんけれど、「書けるんだ!」という自信は付きました。書き始めた時は「一冊書けるのだろうか」という不安があったのですが、書き終えた時は「書けちゃったよ~」という気持ちですね。それが世に出て、読者の方から褒めてももらえたので、「得意なことが一つ増えたかも!」と思いました。そういう気持ちの変化はありましたね。

――「推しごと篇」のメイクやファッションの話が、思いのほか好評で驚いたとのこと。以前は30歳になったら着物を着たいとおっしゃっていたそうですが。

悠木:着物を普段着にするのは難しくて断念しました。というのも、アフレコの時に着物を着ると、(マイクに)ノイズが乗るので、声優業には向かないんです。友人で日本舞踊をやっている子が和装に詳しいので、その子に教わりつつ、和キャラをやった時にイベントの衣装などで採り入れていこうかと思います。何かの受賞式や、ご挨拶する時など、ちょっとかしこまった時に和装だと華やかで良いですよね。

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