宮沢賢治は天才・天文少年だった? 天文学者・渡部潤一が注目した、比類なき“星空”の正確描写と“文学”への昇華

  今年、没後90年を迎えた宮沢賢治。今年映画化された『銀河鉄道の父』など、現在でも関連作品が数多く出されていて、小説や漫画、音楽やアートなど、日本のさまざまなカルチャーに影響を与え続けている存在だ。そんな中、賢治関連の書籍の中で話題となっているのが、天文学者である渡部潤一による『賢治と「星」を見る』(NHK出版)だ。

『賢治と「星」を見る』(NHK出版)を上梓した渡部潤一

 少年時代から現代でも影響を受けていると話す渡部潤一にとって賢治とはどのような存在なのか。宮沢賢治研究会の編集長であり『猫と笑いと銀河』(blueprint刊)など賢治関連の著作が多くある大角修氏が訊く、渡部潤一が思う賢治と星のこと。

渡部潤一が圧倒された賢治作品

――まずは、渡部潤一先生が宮沢賢治に興味を持つようになったきっかけから教えてください。

渡部:僕はもともと天文少年でしたし、子どもの頃には天体に興味を抱かせる出来事が多かったのです。アポロ11号が月に着陸したり、火星が地球に最接近したり、残念ながら見られなかったのですが、流れ星が雨あられのように降り注ぐジャコビニ流星群の出現予測もありました。そこで、僕は天文、宇宙、天体が出てくる作品ということで、『銀河鉄道の夜』を読んだのです。目的は天体だったのですが、次第に作品そのものが好きになり、ことあるごとに落ち込んだ時や壁に当たった時に読み返す大切な一冊になりました。やがて、賢治という人そのものに興味をもつようになった感じです。

――賢治作品について触れたとき、どのような印象をお持ちになりましたか。

渡部:これだけ正確に天体の描写を取り入れている物語は、当時としては珍しかっただろうと思いました。そして、賢治は天体のことをよく知っているなあ、というのが率直な感想です。そう思ったのは僕だけではありません。いろいろな研究者が、賢治がどんな本を読んでこの描写に至ったのかまで綿密に研究していらっしゃいます。当時は天文の本はほとんどなかったので、『肉眼に見える星の研究』という本が賢治の創作のベースになっているといわれます。ただ、賢治の場合、書かれていることを忠実に再現するだけでなく、天体の特性を生かして作品の描写に反映しているのが凄いんですよ。

――賢治は自ら進んで、そうした天文の本を読んでいたのでしょうか。

渡部:もちろん、興味もあったでしょうから、自分から求めていったと思います。学校の先生をやっている時代は図書室にその種の本があり、読みふけることができる環境だったこともわかっています。

天文少年・賢治の比類なき正確な描写

――渡部先生はこれまで数々の賢治作品を読まれたと思いますが、『銀河鉄道の夜』以外で、特に印象的だった作品はありますか。

渡部:私がこれはと思ったのは、『シグナルとシグナレス』ですね。シグナルとシグナレスが一緒になろうと誓い、幻想世界に飛んでいく前におまじないを唱える場面があるのですが、それがなんとギリシャ文字だったんですね。バイエル記号といって、天文少年少女たちが必ず通る道なのです。星座の星の明るい順にα、β、γと名付けるのが定着していますが、天文が好きになった子供たちは必ずあのフレーズを唱えるんですよ。賢治さんも間違いなく天文少年だと思って、親近感を覚えました。

――『屋根の上が好きな兄と私 宮沢賢治妹・岩田シゲ回想録』 などでも著されているように、賢治は天体好きで知られています。渡部先生と賢治の共通点があれば教えてください。

渡部:賢治が無類の理科少年であったことは確かでしょうね。石ころを集めたり、鉱物に詳しく、化石集めをするのも、少年時代の僕も似たようなものでした。賢治はあるとき、クルミの化石の採集で東北大学の先生を案内しています。その時発見されたのがバタグルミの化石です。その前後に草野心平に書いた手紙の中には、自分は詩人としては自信がないが、サイエンティストとしては認めてもらいたいと記しています。サイエンスの素養が自分にあると認識していたのでしょうね。

――天文学者の視点から興味深い、賢治作品における記述の特徴はありますか。

渡部:何といっても正確性ですね。かつ正確性を損なわずに、自然に物語の中に取り入れていることでしょうか。それは本当に驚くべきことだと思います。普通は文学作品に出てくる天体は一過性のモチーフだったり、ある描写を彩るための仕掛けにしか過ぎないことも多いんですよ。ところが、賢治は本質的な自分の思いを天体に投影しています。『銀河鉄道の夜』に出てくるアンタレスは自己犠牲の象徴ですが、それは賢治そのものではないでしょうか。

関連記事