『ラブライブ!サンシャイン!!』『原神』『エヴァ』……旅行ガイド『るるぶ』担当者に聞く、ユニークなコラボを連発できる理由

 誰もが一度は手にしたことがあるだろう旅行ガイドの定番、JTBパブリッシングの『るるぶ』が、今年ブランド誕生50周年を迎えた。近年は、ゲーム『原神』やYouTubeの『エガちゃんねる』とコラボしたりと、意欲的で異色の新刊が続出している。

『るるぶラブライブ!サンシャイン!!』(6月30日発売/JTBパブリッシング)

  そんな中でも、特に話題を呼んでいるのが、『ラブライブ!サンシャイン!!』とコラボした『るるぶラブライブ!サンシャイン!!』(6月30日発売)である。

  歴史ある旅行ガイドがなぜ、アニメコラボを手掛けるようになったのだろう。沼津市で行われたイベントも大盛況だった『ラブライブ!サンシャイン!!』とのコラボについて、仕掛け人の山﨑美波さん、江本典隆さんにお話をうかがった。

今回、お話をうかがった、一連の『ラブライブ!サンシャイン!!』とのコラボキャンペーンの仕掛け人である山﨑美波(右)さんと江本典隆さん(左)

なぜ『るるぶ』でアニメコラボ?

――『るるぶラブライブ!サンシャイン!!』が大人気ですね。アニメや漫画を題材にした『るるぶ』が相次いで刊行されているのは、なぜでしょうか。

山﨑:2020年に起こったコロナ禍で国外への取材が困難になり、海外版の『るるぶ』の制作が難しくなりました。そこで、従来とは異なるテーマや切り口の本を出していこうという考えが社内に生まれました。私はアニメ好きですが、好きが高じて『エヴァンゲリオン』とコラボした『るるぶ』の新企画を提案したところ、社内からも好意的に受け入れられ、どんどんやっていこうという雰囲気になったのです。

江本:当社では、2005年頃に秋葉原や中野のオタクスポットをガイドした『もえるるぶ東京案内 ~史上最濃! やくにたつ萌え系ガイドブック~』を出したことがあります。このときは、老舗の『るるぶ』と「アキバ系コンテンツ」のコラボという意外性で大ブレイクしました。『るるぶ』はありがたいことに今年でブランド誕生50年となり、旅行ガイドとしてのブランド力が確立されています。これから取り組むべきは『るるぶ』の可能性を広げてくれる企画と考えているため、アニメなどのコンテンツのほか、企業コラボなども盛んになっています。

――山﨑さんはなぜ、『ラブライブ!サンシャイン!!』を取り上げようと思ったのでしょうか。

山﨑:私は2017年に入社しました。当時はいわゆる無印『ラブライブ!』のアニメが完結し、『ラブライブ!サンシャイン!!』が始まった時期で、私自身μ'sの大ファンでした。入社の面接のときに、「『ラブライブ!』で『るるぶ』を作りたいです!」と言ったほど好きなんです。雑誌や書籍の制作を志望していましたが、WEB系の部署に配属されたので、しばらく夢が寝かされてしまったんですね。ところが、コロナ禍真っただ中の2021年に旅行ガイド制作の部署に異動になりました。新刊の企画を出してと言われたので、満を持して『るるぶラブライブ!サンシャイン!!』をプレゼンしたんです。ただ、様々な事情もあり、同時期に提案した別のコラボ本の方が先に動き出しました。『ラブライブ!サンシャイン!!』の方は、実現まで2年ほどの仕込み期間があった感じです。

江本:ちょうどその頃、沼津に住んでいた僕が、仕事でX(旧Twitter)の個人アカウントを始めることになったんです。今でこそ『ラブライブ!サンシャイン!!』のイベントにも呼んでいただいたりしていますが、僕は2年前まで、アニメにそれほど興味がなかったんですよ(笑)。ところが、沼津が舞台だし仕事で使えそうだと、不純な動機で『ラブライブ!サンシャイン!!』を見たところ爆ハマリしてしまいました。全話を見て、絶対に『るるぶ』で扱うべきなんじゃないかと、確信しました。山﨑は制作中のコラボ本にかかりっきりで動けない状態だったので、私が関係先と交渉することになりました。

――それまで『ラブライブ!サンシャイン!!』を見たことがなかったんですか! 

江本:でも僕は気質がオタクなので、それから沼津市内の聖地のほとんどに行って、さらにライブや関連イベントにも行きまくったんですよ。そうした経験をもとに、権利元のバンダイナムコフィルムワークスさんにも「『るるぶ』を作らせてもらえたら、めちゃくちゃスムーズにやりますよ」「必ずいいものにしますよ」と営業したのです。僕が訴えたのは、流行に安易に乗っかるのではなく、既にファンと地元の良好な関係ができあがっているので、単なるガイド本ではない、リスペクトした尊い内容の本をつくりたいということです。幸いにもコラボ系の『るるぶ』がたくさん出ている時期だったので、見本誌を送って関係者にラブコールを出しまくりました。その熱意が通じたのか正式にGOサインが出て、企画が動き出したのです。

『るるぶラブライブ!サンシャイン!!』の表紙にも描かれた狩野川は、沼津の象徴的な川であり、市民の心のオアシス。江本さんも「仕事終わりにぼーっと川を眺めるのが好き」だそうだ。写真=江本典隆
現在、JR沼津駅の壁面にはAqoursのイラストが掲示されている。駅に降り立った瞬間から『ラブライブ!サンシャイン!!』尽くしなのだ!
沼津の玄関口のJR沼津駅とラッピングバス
JR沼津駅前では『ラブライブ!サンシャイン!!』のイラストがラッピングされたバスを頻繁に見かける。沼津特有の光景だ
回送中のバスの電光掲示板もこんな感じで、遊び心満載

発売日へのこだわりとは

――発売日はなぜ、6月30日になったのでしょうか。

江本:やはり、6月30日がAqoursの結成記念日にあたるため、発売日にしたいと思ったんですよ。

山﨑:しかも、今年の7月1日は沼津市市政100周年という、この上ないタイミングだったんです。だから、6月30日に発売できれば絶対に盛り上がると確信しました。ただ、そうなると短期間で制作しなければいけませんから、編集担当としてはマジかよ、と思いましたね

江本:もちろん、載せる物件や特集のテーマなどは、沼津在住の地の利を生かしてリサーチはしていました。それでも、作り始めたら……苦労は多かったですね(笑)。動き出してからは、なんでもやりましたよ。十数ページは僕が原稿を書きました。写真も撮ったし、ゲラを持って校正も現地でやりました。でも、僕が沼津市民なので取材もしやすかったですし、取材先でも「何中学校出身?」とか身近な話で盛り上がれるんです。地元のよしみで、無理を聞いてもらったり、助けてもらうこともたくさんありました。取材を通じて、沼津の人たちの温かさを実感しましたね。

“地元愛”がギュッと詰まった誌面

――素晴らしいエピソードですね。この1冊に“地元愛”が詰まっていると思います。誌面でこだわった点を教えてください。

山﨑:すべてのページでこだわったので絞るのが難しいのですが、個人的に思い入れが深いのは畑亜貴さんのインタビューです。私は無印の『ラブライブ!』から畑さんのファンで、『涼宮ハルヒの憂鬱』などのアニメを通ってきたので、快諾いただいたときは天にも昇る気持ちで、取材前日も寝られなかったほどです。畑さんはすごく優しくて、言葉選びも素敵で終始感動しきりでした。あと、沼津が他の聖地と違うのは、ラッピングのバスやタクシー、さらに船や電車もあり、コラボした乗り物の種類が異常に多いんですよ。それらを地元の人も珍しがらず、日常の風景に溶け込んでいるのです。私は子どものときにわくわくしながら見た「乗り物図鑑」を完全再現したいと思い、乗り物を見開きでまとめたページを作りました。

江本:僕は毎日のようにX(旧Twitter)に沼津の写真をUPしていますが、駅前に常にラッピングバスやタクシーが止まっていますからね。取材中にラッピングバスの話をすることがあったのですが、あるおじいさんが「俺はアニメのことはわかんないけれど、あの絵を見たら気持ちが優しくなるんだよね」と言っていました。

――おじいさん、いいことをおっしゃいますね。『ラブライブ!サンシャイン!!』が地元に受け入れられ、風景の一部になっていることがわかります。

江本:私が誌面でこだわったのは、沼津の「人」に注目した点です。沼津はとても人が温かいんです。これだけ聖地として全国に知られ、キャラクターのイラストが町中に溢れている要因は、沼津の人たちが作品を理解したうえで、ファンのみなさんを温かく迎え入れているのが大きいと思っています。だから、「つじ写真館」の峯知美さんのような、沼津のキーパーソンのインタビューは絶対に入れたいと思いました。

山﨑:地元の方のインタビューもそうですが、通常の『るるぶ』よりも人の顔写真を入れる構成にしています。例えば、沼津港のグルメページにもお店の人の写真を入れています。コラボ商品を見ても、みかんの段ボール箱やお米の袋など他ではあまり見ないコラボが実現しているのは、地元の人の思いがあったはずだと思ったからです。実際に取材したら、やはり地元の人たちの愛が凄かったですね。

江本:ちなみに、誌面の構成は『るるぶ』の王道です。『るるぶゆるキャン△』のような他のコラボ本は、作品のストーリーに沿ってエリアを紹介していく作りです。対して『るるぶラブライブ!サンシャイン!!』は、通常の『るるぶ』同様に沼津を細かくエリア分けして、ほぼ全域をカバーしようとしています。このやり方ができるのは、沼津の聖地がアニメ終了後も増え続けているからなのです。アニメの1期では内浦地区と中心部くらいでしたが、その後、どんどん増えています。その結果、沼津全域で取り上げる場所があるんです。他の聖地ではなかなか見られない現象ではないでしょうか。地元の方々が作品を受け入れ、バンダイナムコフィルムワークスさんもその情熱に応えるという、三位一体の良い関係ができていると実感します。

沼津港のシンボル「びゅうお」はアニメにもたびたび登場する代表的な聖地のひとつである
三津浜の風景。ここも代表的な聖地のひとつだ。記者は安田屋旅館に宿泊したときに散策したが、朝の清々しい空気に感動した思い出がある
沼津駅前でよく見かけるラッピングタクシー
つじ写真館の黒板アート。沼津を訪れるファンが必ず立ち寄るほどの名所として定着している

アニメコラボの『るるぶ』、次なる一手は!?

――制作を終えて、改めて『ラブライブ!サンシャイン!!』という作品、そして沼津という町の魅力をどのように感じていますか。

山﨑:作品が完結してからも聖地にたくさん人が来て、地域からも愛されているアニメは稀有だと思います。『ラブライブ!サンシャイン!!』は、アニメという枠にとらわれていない作品ですよね。そして、作品をきっかけに新しいコミュニティが広がり続けています。これは作品の舞台が沼津だったからこそ、できたことだと思います。

江本:沼津市民の目線でいうと、地元が気づかなかった魅力をアニメとファンが見つけてくれたと思っています。沼津にこんなにいいところがあるんだなと、外からの視点で教えていただけたことが、町を元気にしている要因だなと。最近では、沼津の人たちから日常的に感謝の言葉をかけていただく機会が増え、一市民として嬉しいですね。総力を挙げて作って本当に良かったと思います。

――『るるぶラブライブ!サンシャイン!!』が大ヒットし、編集部の次なる一手が注目されます。山﨑さんはアニメファンだそうですし、こんなアニメでも作れるのではないかと構想を練っている気がしますが、いかがでしょうか。

山﨑:そうですね。こういう『るるぶ』が作れるだろうなと思いながら、アニメを視聴していますよ。完全に職業病ですが(笑)。実は、構想しているアイディアはいくつかあり、水面下で動いていたりもします。

江本:まだ明かせませんが、楽しみにしていただければと思います。

――ありがとうございます。最後に、私のインタビューではいつも最後に、『ラブライブ!』シリーズの“推し”を聞いているのですが、みなさんの推しを教えてくださいますか。

山﨑:μ'sはにこちゃん(矢澤にこ)ですね。昔、バンドでμ'sのカバーをやっていたんですよ。Aqoursは善子ちゃんとルビィちゃん、花丸ちゃんの1年生組です。虹ヶ咲は1人を選べないですね。Liella!はクゥクゥ(唐可可)ちゃんかな。

江本:μ'sは真姫ちゃん(西木野真姫)ですね。誕生日が4月19日で自分と同じなので、シンパシーを感じます。Aqoursは、ずっと考えているけれど……選べないですよ。箱推しですね。虹ヶ咲は弊社から前田佳織里さんの本を出している縁もあって、桜坂しずくちゃんが好きです。Liella!は、初めてリアタイで見たのが『ラブライブ!スーパースター!!』なので、思い入れが強くてかえって選べないのですね。

今年は沼津市100周年、そして『るるぶ』50周年の節目ということで、JTBパブリッシングでは市内の小中学校のために『るるぶ ラブライブ!サンシャイン!!』を100冊寄贈した。「沼津の次の100年を担う子どもたちに、地元愛を育んでもらえたら」と、山﨑さん。写真提供=JTBパブリッシング
6月30日と7月1日、沼津の中心部にあった「マルサン書店仲見世店」が復活営業した。この書店は国木田花丸ちゃんが行きつけにしている店であり、重要な聖地のひとつ。悪天候にも関わらず行列ができ、当初の予定を遥かに超え、2日間で用意した『るるぶラブライブ!サンシャイン!!』1,000部を完売した。地元のおじいちゃんやおばあちゃんもシャッターが開いていることを喜び列に加わり『るるぶ』を買い求めていたという。写真提供=JTBパブリッシング
千歌ちゃんの誕生日、8月1日のJR沼津駅の様子
JR沼津駅のキオスクではJR東海とラブライブ!サンシャイン!!とのコラボポスターが掲示
Aqoursメンバーの誕生日の沼津は、町中がお祝いムードに包まれる。しかも、市民が自発的に行っているのだ。これほどアニメが地域に溶け込んでいる町が他にあるだろうか。写真は三の浦総合案内所

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