立花もも厳選 ページを開くのが怖い澤村伊智、織守きょうやのゾッとする作品を中心に……今読みたいおすすめ新刊小説 

伊藤朱里『緑の花と赤い芝生』(小学館文庫)

  怪奇現象は起きないが、こちらもかなりぞっとする。

  主人公は、大学院を出て大手飲料メーカーで開発職につき出世街道をつきすすむ志穂子と、志穂子の兄と結婚した「理想の家族」をつくることに余念がない専業主婦の杏梨。同じ27歳ながら正反対の二人が、やむをえず同居することとなるのだが、最初は気を遣いあっていた二人の関係も、同居が長引くにつれてじわじわ悪化していく。その空気感を想像するだけで、めちゃくちゃ怖い。

  どちらも悪い人じゃないのだ。ただ徹底的に気が合わないし、互いのことが理解ができないというだけで。志穂子は恋愛に興味がなく、そもそも人付き合いが苦手で、杏梨のように愛想よく距離を詰めてくる人とどう接していいかわからない。わからないから、気を遣って兄の話題でもりあがろうとすれば、「ブラコンの妹がマウントをとろうとしている」と思われるし、仕事の話を振られたから答えてみれば、専門的な話をしすぎて引かれてしまう。杏梨は杏梨で「察してほしい」が強すぎるので、直球でしか物事をとらえられない志穂子を相手に空回りしてばかり。志穂子から見た杏梨は「気を遣ってもらうのが当然のお姫様体質」である。

  お前なんかに何がわかる!と、互いに思っている。でも、違いすぎるからこそ、見えてしまうものもある。自分のしてこなかった努力を積み重ね、得意分野をはずれればどちらもとたんに不器用になってしまうことも、自分の持ち場を守るために必死で虚勢をはってきたことも、なぜだかわかってしまう。そんな二人のぶつかりあいが、愛おしい。

津村記久子『うどん陣営の受難』(U-NEXT)

  うどん屋の話ではない。会社の代表を決める四年に一度の選挙をめぐる社内政治コメディである。現代表の藍井戸は、会社の業績悪化を補填するには減給しかないと考えていて、黄島は、吸収合併された現地企業の社員をリストラしようとしている。「控えめに言って、どっちもくそである」と主人公の「私」が言うとおりなのだが、二人のどちらかが次の代表になることは確定していて、あとは決選投票を待つのみ。そこで、争点となるのが、三番目に人気だった緑山を支持する人たちの票がどっちに流れるか。

  この緑チーム、やたらとうどんが好きな現地社員の人たちが中心に結成されていて、会合もたいていうどんを食べながら行われる(そもそも社食にうどんをとりいれたのも緑山だ)。「私」をふくめ、支持者はどこかのんびりしていて、どちらかというと平和主義。そのせいで、票集めを画策する工作員たちにそれとなく接触をはかられ、知らず知らずのうちにとりこまれていく。その工作員のやりくちが、なんとも狡猾というか、人の心の隙間をちょうどいいぐあいについていて、コミカルに描かれてはいるものの、けっこうぞっとする感じでリアルなのである。

  正義は勝つ、なんて嘘。現実は、ずるくて、押しが強くて、駆け引きが上手な人が、いつのまにか成果を手中におさめていく。でも、だからといって、利用されてばかりはいられない。「今の状況を面倒だからってやり過ごして、なるようになれって放り出してしまったら、それはそれで自分自身が後悔するかなって」。そんな「私」のセリフは、市井の一人としてもつべき矜持である気がする。しょうもなさに笑って、脱力して、ぐっとくる不思議な味わいの小説である。

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