連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2023年7月のベスト国内ミステリ小説

 今のミステリ界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。

 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は7月刊の作品から。

野村ななみの一冊:石持浅海『あなたには、殺せません』(東京創元社)

 連作短編集である本作には、殺人を目論む人物の視点で語られる倒叙ミステリが5つ収録されている。とあるNPO法人は、憎き相手に殺意を抱くも一線を越えるか悩む“犯罪者予備軍”駆け込み寺。そこを訪れた者は自身考案の殺人計画を相談員に語るのだが、たいていの場合こう言われる。「やめておいた方がいいですね」。相談員は彼/彼女たちの計画を論理的かつ現実的に検証し、不備を指摘していくのだ。今までにない形の倒叙ミステリで、各話の結末はどれもヒネリがきいている。ところで相談員、結局君はどこまで見越していた?

千街晶之の一冊:蝉谷めぐ実『化け者手本』(KADOKAWA)

 時は文政、江戸の芝居小屋・中村座で、首を折られ、両耳に棒が刺さった変死体が見つかった。座元の依頼でその謎を追う元女形の魚之助と鳥屋の藤九郎の前には、芸のため、恋のため、悪魔に魂を売った者たちが蠢く。ひとは自分が至高と信じる価値観のために、どこまで倫理を破ることが許されるのか。あまりに切ない情念が錯綜する本書では、前作『化け者心中』でコンビを組んだ魚之助と藤九郎の関係性にも変化が生じる。ひとはひとと関わることで否応なしに変わってしまう。それは幸せなのか、不幸なのか。そんな問いを読者に突きつける傑作だ。

藤田香織の一冊:米澤穂信『可燃物』(文藝春秋)

 事件発生の一報が入ったらまず空を見る。捜査本部につめた時の食事は菓子パンとカフェオレが定番。部下に任せっぱなしではなく、自身で人の顔を見て、声を聞き、人間像を大づかみにした上で、それらをすべて疑う。面子のことは考えない——。群馬県警捜査一課、葛警部が5つの事件の謎を解く、著者初の警察ミステリー。部下たちがあげてくる捜査報告によって、読者も葛と同条件で事件の背景を知ることができ、謎解きの楽しさが存分に味わえる。余計なことに首を突っ込まず、やるべきことをやる葛の絶妙な無臭さ。表題作のラスト、巧いなぁ。

酒井貞道の一冊:方丈貴恵『アミュレット・ホテル』(光文社)

 犯罪者に絶対の安全を保障するはずの会員制ホテルで、起きてはならない殺人事件が発生し、それをホテル付の探偵が解く。所収4篇はいずれも不可能犯罪もので、趣向が毎回異なる。しかもいずれの事件でもスケープゴート(第一容疑者)がいる。ホテル内の犯罪をホテルが自己処理することも相俟って、その場で早く謎を解かないと、冤罪で命を失う人間が出るという緊張感も出るのだ。しかも推理が毎回素晴らしい。伏線を細かく拾って、入り組んだ事件を論理的にすっきり解き明かす。本格ミステリの醍醐味と、犯罪者たちの闇が横溢する一冊だ。

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