【直木賞受賞】ボンクラ将軍・足利尊氏が主人公の「俗」な太平記『極楽征夷大将軍』

 生真面目でよく言えば誠実、悪く言うと融通の利かない直義。万事抜け目なく、清濁併せ呑むタイプの師直。互いに反りが合わないとは感じている。それでも、尊氏を二人で盛り立てていけば幕府はうまく回る。その認識で一致しているはずだった。だが他の武士たちは一枚岩とはならず、直義派と師直派に分かれ、対立関係が生まれていく。そこに家督の問題まで絡んで、話はさらにややこしくなる。直義の養子・直冬(尊氏の隠し子でもある)が次の将軍の座を奪うことを恐れた尊氏の正妻・登子。彼女は師直を使って幕府の人事に口を出し、結果として直忠派と師直派の遺恨が深まることになる。

 直義と師直の対立は、鎌倉時代や現代にさえも見られる、お家騒動でありがちな構図を持っている。直義はその先で起こるだろう出来事に気づく。〈歴史は常に、同じような轍を踏むものだ〉。師直は直義を担いでいた人間たちの意図に勘づく。〈つまりこれは、将軍家を支える我ら高一族と、幕閣の中枢を占める上杉一族の勢力争いなのだ〉。一方、尊氏は両派の対立が武力衝突目前にまでなっても、参詣や弓場始めなどの行事を催して現実逃避する始末だった……。

 このまま内部崩壊してもおかしくなさそうだが、結局のところ15代に亘り室町幕府は存続する。ではどのようにして、危機を乗り越えることができたのか? 直義と師直よりも長生きした尊氏は、支えてくれる人間がいなくなっても極楽殿のままだったのか? 流布本の『太平記』には書かれていない俗っぽい歴史と人間模様は、人で賑わう喫茶店や会社の休憩室などで、足利尊氏という人間を象徴する世間の欲望や思惑をBGMに読みたくなる。

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