小説紹介クリエーター・けんご「読書になじみがない人でも楽しめる」という『名著奇変』の魅力を解説

ーー例えば本書で取り上げられている名著を読んだことがない人や読書に馴染みがない方に向けて、おすすめの作品はあるでしょうか?

けんご:最終話の「山月奇譚」(山口優 Feat.中島敦『山月記』)です。中島敦『山月記』の風刺的な内容を、Vtuberの物語に仕上げることで見事に現代風にアレンジしています。かつ、物語にはどんでん返しがあって、ミステリ要素を取り入れてうまく展開していく。

 短編小説の一番の良さは、ギュッと凝縮されていることだと思っていて。無駄なところは省いて、はっとさせられる要素が詰まっています。すごく面白いですし、読みやすいかと思います。

 一読して思ったのは、自意識過剰になってしまうことは怖いということでした。自信を持つのは素敵なことではあるんですけど、それが過剰になると勘違いをしてしまって、大失敗になることもありますよね。

ーー逆に、読書好きの人に向けてのおすすめ作品はあるでしょうか?

けんご:第2話の「影喰い」(奥野じゅん Feat.谷崎潤一郎『陰翳礼賛』)です。谷崎潤一郎『陰翳礼賛』では、日本が西洋化していく中で、失われていく美意識について書いています。西洋の白を基調としたきらきらとした文化が入ってきたものの、日本の家の薄暗い空間に風雅があると考えた。

 難しい随筆ではありますが、「影喰い」は現代の家を舞台にして、人間が抱える闇の部分を描くことで、うまくオマージュをしています。谷崎さんはこういうことを伝えたかったのかもしれないと、僕自身発見がありました。ぜひ読書が好きな方にこそ読んでほしいです。

ーーホラー要素が特に強い作品でしたね。

けんご:読んでいて怖かったです。ホラー小説で追い込まれていくときのハラハラ感が好きなので、夢中になって読みました。鬼ごっこで追い詰められていくような感覚です。最後、主人公はどうなってしまうのか......。スリル満点の物語なので、ぜひ読んでみてください。

ーーホラーと一言に言っても、作品によって趣向が異なるように感じました。

けんご:第3話「Under the Cherry Tree」(相川英輔 Feat. 梶井基次郎『櫻の樹の下には』)は、ものすごく美しいホラーだと思いました。「桜の樹の下には屍体が埋まっている」というワンフレーズは、同作を読んだことがない人にも広く知られている言葉だと思います。その一番重要なフレーズを、物語の転換にうまく使っていて、すごくうまいなと思いました。

 死は悲しく残酷なことでありながら、どこか美しさとつながっているような印象を持っています。ほんの短い間にすべての花が散ってしまう、桜という儚い存在が描かれる。そこには人間の死と近しい何かがあると思うんです。原作も本作も、美しい物語だと感じました。

ーー現在本を読むことに慣れていなくて悩んでいる人も多いと聞きます。けんごさんがおすすめする本との向き合い方があれば教えてください。

けんご:途中で読むのをやめることは悪くないと、念頭に置くのが良いと思います。本に限らず、映画でもダイエットでも、途中でしんどくなってしまうことはありますよね。でも、それはそれで全然悪くないと伝えたいです。

 自分の大切なお金で買ったからと、もったいなさを感じるのかもしれませんが、一度買って手に取ったというその体験自体が大切なこと。もし数年後に読み返した時に何か違うことを感じたら、それも貴重な読書体験です。本はやっぱり、気楽に楽しむことが一番だと思っています。

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