【直木賞受賞】芝居を愛するすべての人々に捧げられた小説『木挽町のあだ討ち』レビュー

 その華やかな様子とは裏腹に、ときに「河原乞食」などと呼ばれ、人々から蔑まれる存在でもあった、芝居小屋に関わる人々の「矜持」とは。そんな彼/彼女たちの言葉に耳を傾けるうちに、やがて「あだ討ち」の当事者たる菊之助の「逡巡」も浮かび上がってくるのだった。武家の「忠義」とは何なのか。複雑に絡まり合う「討つもの」と「討たれるもの」の関係性。亡き父の遺恨。そして、「あだ討ち」の「あだ」が、「仇」から「徒」へと変わったとき、「終幕」と題された章で、いよいよその当事者たる現在の「菊之助」が登場し、自らの言葉で語り始めたとき、この物語――「木挽町のあだ討ち」は、その印象を大きく変えていくのだった。

 ちなみに、本作の単行本の帯には、「いのうえ歌舞伎」で知られる劇団☆新幹線の座付作家であり脚本家である中島かずきと、講談師・神田伯山の賛辞が付記されている。それも、むべなるかな。本作には、「芝居」と「語り」の面白さを熟知した者たちの琴線に触れる、「矜持」と爽やかな「感動」があるのだから。著者の過去作『大奥づとめ』(新潮社)や『女人入眼』(中央公論社)などで、その美しい文体と、権力者たちの影に隠れた「声なき者たち」の「声」を拾いあげる手さばきに心動かされた人たちはもちろん、「歴史小説」や「時代小説」に馴染みのない人たち……けれども、「芝居」に対しては、並々ならぬ「思い」がある人たちにも、是非おすすめしたい一冊だ。

■書籍情報
『木挽町のあだ討ち』
著者:永井紗耶子
価格:1,870円(税込)
出版社:新潮社

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