ダースレイダー連載小説『Mic Got Life~ライム&ライフ~』第6回「パーティー!」
「ネスリン、もう私たち行くよ!」
「オッケー、待ってて!」
女の子たちはバタバタとコンビニを出て行った。
超絶美女の名前はネスリンらしい。名前がわかっただけでその日は得した気分になった。木本のやたらと熱のこもった授業はそこそこ面白かったが、気づけば前方のネスリンの背中を見つめてしまっていた。
「これで俺らも渋谷系だな!」
ヤマジががっと肩を組んでくる。別に渋谷の塾に通い始めたからって渋谷系ではないだろ?と思ったが学校帰りは池袋と決まっていたルーティンも少し変化することになった。木本が怒涛の話を終えたのが22時過ぎ。塾生たちがバタバタと立ち上がって荷物をまとめている。パッと探したがネスリンの姿はもう無かった。
「渋谷の夜を堪能しようぜ!」
ヤマジが謎のテンションになっていた。
「明日も学校だし帰ろうよ。めんどくさい」
「まあ、いいからセンター街だけ抜けてみようよ」
国道246から渋谷駅に渡る歩道橋を夜風に当たりながら歩く。スクランブル交差点を越えるとセンター街のアーチ型の看板がドーンと目に入る。その両側には結構な人数のちょっと年上風な男たちが屯していた。僕はうわあ、なんか嫌な感じだなと思った。ヤマジと二人でスーッと彼らの間を通り抜けようとしたらパッと一人の男が前に立ちはだかった。
「今、君たちこっち見てたでしょ?」
わー。ど定番の展開じゃないか。男はかなり大柄で長い髪の毛を後ろで結んでいた。大きいサイズのネルシャツとダボっとしたジーンズになんだかごっついブーツ。もうその出たちだけで嫌だった。
「ぼ、僕、目が悪いんです。別にそっちを見てたわけじゃなくて……」
ヤマジが咄嗟にそう答えていた。まるでビーバップ・ハイスクールのセリフだ。そんなのが通用するのか?でも、そもそも関わりたくもないので早く解放して欲しい。
「は? 何言ってくれてんの、君」
声にちょっと見下したようなニュアンスが滲む。ああ、嫌だ嫌だ。怖さと悔しさでつい下を向いてしまう。どれくらい時間が経っただろうか?数秒かもしれないが体感では何分も下を向いていた気がする。
「あれ、ヤマジとクウじゃん!」
聞き慣れた声が耳に入る。サカだ。パッと顔を上げると立ちはだかってる男の後ろでサカが手を振っている。
「何、こいつらサカの知り合いなの?」
大柄の長髪はなんだか拍子抜けしたような残念そうな顔をしてそう言った。
「学校の友達だよ。こんな時間に渋谷いるの珍しいね、どうしたの?」
ふ〜、助かった……一気に肩の力が抜けた気がした。サカが手招きしてくれて僕らはパッと圧力ゾーンから抜け出すことが出来た。大柄の長髪は早くも僕らの存在などなかったかのように隣の連中と話し始めていた。急にヤマジが強がる。
「なんだよ、あいつよ! いきなり絡んできて」
「まあまあ、あいつらにとってはいつもの遊びだからさ。大目に見てあげてよ。あ、そうだ。お前らにこれあげるよ」
サカはそういうと紙を2枚ポケットから取り出した。
「今度やるパーティー。結構捌いちゃったからさ、これはタダで良いよ。あ、ちなみにそのDJのムラジュンってのはあのムラジュンじゃないからね。名前が似てるだけの奴なんだけど客集まるから。」
紙には1ヶ月先の開催日とパーティー! パーティー! という手書きのロゴが描いてあり、渋谷の知らない店の名前とゲストDJムラジュン! と大きく載っていた。
「へ〜、こういうの行ったことないよね。クウ、行ってみようぜ!」
「そうだね。この日も塾帰りで渋谷だし。サカ、ありがとう」
「ういっす! ま、その日俺が行けるかわかんないけどさ」
既に渋谷の街を歩こうという気力は失せていたのでサカに挨拶したらヤマジと駅に向かった。
そこからのウィズダム通いはとりあえずいつも前の方に座っているネスリンの背中を見ながら、少しづつ他の高校の知り合いも増えていった。後ろの方に座ってるメンツはいつも決まっていて、顔馴染みになっていた。木本は厳しいので授業中は私語厳禁だったが休み時間には音楽の話をするようになった。ヤマジが得意のグランジ愛を発揮させると僕も60ズからのロックバンド知識を披露する。この辺の話題で割とワイワイと盛り上がるようになった。
中でもカンダという男とはすぐ仲良くなった。彼は背も体格もでかいがいつも周りの会話に優しく笑いながら突っ込んでいる柔らかい男で、しかも良くギターを背負って来ていた。
「ここ終わったらスタジオで練習なんだよ。」
「へえ、どういうの弾いてるの?」
「俺はジャズがやりたいんだけどさ、周りはロックやりたいやつばっかだからさ。三つくらいのバンド掛け持ちでロックのカバーばっかやってるよ。」
「マジで!? 今度ライブとかやるなら遊びに行くよ」
「おう、来なよ。今度、全く歌えないやつがボーカルやってるエアロスミスのカバーを聴かせてやるよ」
「全く歌えないのか……」
毎週の塾通いも楽しくなってきた。