歴史小説の名手、今村翔吾は「平家物語」とどう向き合った? 奇策が炸裂する『茜唄』の凄さ
今村翔吾、またテレビに出てるよ。と、思うことがよくある。私は原稿を書くとき、テレビをつけっぱなしにしていることが多いのだが、なぜか今村翔吾との遭遇率が高い。それだけテレビに出演しているということだろう。
2017年に刊行したデビュー長篇『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』をシリーズ化した今村翔吾は、たちまち人気作家になった。作品の評価も高く、2020年に『八本目の槍』で第四十一回吉川英治文学新人賞、『じんかん』で第十一回山田風太郎賞を受賞。そして2022年には『塞王の楯』で第百六十六回直木賞を受賞した。
その一方で、執筆以外の活動も積極的に行っている。2021年には、大阪府箕面市の書店「きのしたブックセンター」の経営に乗り出し、同店をリニューアルオープンした。2022年には、全国四十七都道県の書店や学校を訪問し、講演会やサイン会を行う「今村翔吾まつり旅」を実行。その他にも、いろいろな活動をしているのだが、全部書く余地がないので、これくらいにしておこう。あっ、『塞王の楯』のサイン本が高額で転売されていることに怒り、「暴落させよう!」と一万冊以上のサイン本を作ったことは、愉快痛快なエピソードであった。
このような活動が多いと、普通は小説の執筆が疎かになりそうなものである。だが、作者は違う。小説の刊行も順調なのだ。しかも作品のレベルが高い。それは最新刊となる上下巻の大作『茜唄』を読めば、よく分かるだろう。
『茜唄』は、今村版『平家物語』である。序と、ほとんどの各章の冒頭で、ある人物が西仏という僧に、『平家物語』を伝授する場面が描かれる。鎌倉時代になってからのことであり、伝授は秘密に行われている。その場面を呼び水にして語られるのは、絶頂期の平家一門が壇ノ浦の戦いで滅びるまでの経緯だ。主人公は、平清盛の四男で〝相国最愛の息子〟といわれた平知盛である。作者は、近江源氏の蜂起から筆を起こし、知盛と、彼を「兄者」と慕う、王城一の強弓精兵・平教経をひと暴れさせる。ここで早くも、知盛と教経の魅力的なキャラクターが確立されており、あまり歴史に詳しくない読者でも、物語の世界にすんなり入っていけることだろう。
我が世の春を謳歌する平家一門だが、それを支えているのは清盛一人の力である。このことを理解している知盛は、平家の未来に危ういものを感じていた。事実、清盛が亡くなると、時代は急速に動いていく。木曾義仲の挙兵を機に、平家一門は苦境に立たされる。都落ちした平家一門は、義仲亡き後、源頼朝か派遣した鎌倉軍との戦いに突入。知盛は、戦の天才である源義経と、智謀の限りを尽くして戦うのだった。
平家一門の現状や、武士の在り方に疑問を抱く知盛は、戦いのない世をどうすれば創れるのか考える。上巻で示されるその策は、とにかくぶっ飛んでいる。未読の人がいると思うので詳しくは書かないが、よくこんな発想が出てくるものだ。