西村京太郎『殺しの双曲線』はじめ、名作ミステリーの復刊続々 マニア多きジャンルの強み

 西村京太郎は、十津川警部を主人公にしたトラベルミステリーで有名である。小説は読んでいなくても、高橋英樹が十津川警部を演じたテレビドラマ「西村京太郎トラベルミステリー」シリーズが、今でもよく再放送されているので、そちらで知っている人も多いだろう。

 しかし、1978年の『寝台特急殺人事件』を切っかけに、トラベルミステリーに邁進する以前の作者は、多彩な作品を発表していた。そのひとつが、今年(2023年)に実業之日本社から単行本で刊行された『殺しの双曲線 愛蔵版』だ。1971年に実業之日本社の「ホリデー・フィクション」の一冊として刊行された本作が、他社での文庫化などを経て、再び同社から出たとは、感慨深いことである。

 本書の冒頭には、「この本を読まれる方へ」という一文が掲げられている。「この推理小説のメイントリックは、双生児であることを利用したものです」から始まる一文は、ミステリーの愛読者を挑発し、物語への期待を高める。そして始まる物語は、ふたつのストーリーが並走する。

 ひとつは、小柴勝男と利男という一卵性双生児の兄弟による、連続強盗事件だ。明らかに共謀だが、どちらが実際に強盗を働いたか分からない。逮捕する決め手がない警察が、兄弟に翻弄され続ける。

 もうひとつのストーリーは、宮城県の山奥にある、雪に閉ざされたホテルで起きた連続殺人だ。ホテルに招かれた六人の男女が、次々に殺されていくのである。作中でも触れられているが、アガサ・クリスティの傑作『そして誰もいなくなった』を彷彿させる展開だ。

 このふたつの事件が交互に描かれながら進行していく。随所にちょっとした意外性を仕込み、読者の興味を引っ張る手際が優れており、スイスイ読み進めることができた。しかし、ふたつの事件の関連性は、なかなか見えてこない。ホテルで殺される人々の関係も、分からないままだ。四分の三を過ぎたあたりから、徐々に一連の事件の謎が解明されていくのだが、実によく考えられている。特に、ある事実が明らかになると、冒頭の「この本を読まれる方へ」を、あらためて思い出さずにはいられない。そうか、そういう意味だったのか! この驚きこそが、本格ミステリーの醍醐味だ。復刊されるのも当然といいたくなる名作なのである。

 それにしてもだ。近年のミステリー界の復刊や、埋もれた作品を発掘するパワーは凄まじいものがある。論創社の「論創ミステリ叢書」は別格として、幾つもの出版社から、過去の名作が復刊されている。たとえば徳間文庫内の復刊専門レーベル「トクマの特選!」は、エンターテインメント・ノベル全般を対象にしているが、やはりミステリーが多い。なかでも「有栖川有栖選 必読! Selection」と銘打たれた笹沢左保作品が、順調に刊行されている。『招かれざる客』や『求婚の密室』のような有名作だけでなく、『空白の起点』や『暗い傾斜』などの入手困難作を出してくれているのが嬉しい。全巻に添えられている有栖川有栖の解説も読みどころだ。

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