書店存続の光となるか  全国初の自治体運営「八戸ブックセンター」はなぜ実現できた?「本の街をつくる」元市長の熱き想い

 2016年12月に青森県八戸市に開店した「八戸ブックセンター」は、全国でも類例がほとんどない自治体が運営する書店である。書店が全国的に減少している中、なぜ自治体がわざわざ書店を造ったのか。キーマンとなる所長の音喜多信嗣さんに話を聞いた。

お話を伺った音喜多信嗣さん。書店員であると同時に八戸市の職員でもある。

前市長の思いが生んだ自治体運営の書店

――「八戸ブックセンター」が開館した経緯を教えてください。

音喜多:八戸市の小林眞・前市長が「八戸を本の街にする」という政策を掲げたことが始まりです。前市長は本がとにかく好き。自分が学生の頃にあったような、一階に雑誌があって、2階に専門書がある昔ながらの書店が市内から消えていることを嘆いていました。書店の文化を絶やしてはならないという思いが人一倍強かったようです。

――前市長の熱意の賜物というわけですね。

音喜多:中心市街地の活性化にもつながりますし、書店は町の文化を象徴する存在ですので、設立に向けて計画を進めていきました。

「八戸ブックセンター」のロゴマークは、本を2冊並べて八戸の“八”をかたどったデザイン。

――前市長の思いの強さはよくわかりましたが、一般的に、自治体がインフラとして人を集める場として考えるは、図書館ですよね。なぜ書店にこだわったのでしょうか。

音喜多:本は図書館で借りて読んでもいいのですが、書店で買って自分のものにすることも同様に大事だと思います。購入すれば本棚に形としてずっと残っていきますし、好きな時に読み返すこともできる。そうすれば心が豊かになっていくでしょう。市民にこうした体験を提供することも、自治体の使命だと考えるためです。

――運営の主体は八戸市だそうですが、外部の業者は関与していないのでしょうか。

音喜多:指定管理による運営という選択肢もありますが、その場合、ある意味では市の手を離れてしまうことになります。現時点では自分たちで企画を進めたいという考えから、市の直営としています。

公共施設同様にワークショップや企画展を行うコーナーもある。

既存書店との棲み分けは?

――設立に当たって、既存の書店から反対派なかったのでしょうか。

音喜多:計画の段階で市内の全書店を回ったとき、反対意見はゼロだったんですよ。出版不況が叫ばれて書店業界が厳しい時代だったので、行政が自分たちにプラスになることをしてくれると、肯定的に捉えていただけたと感じています。

――とはいえ、書籍を仕入れる際には既存の書店との棲み分けが難しそうです。

音喜多:学術書や専門書といった、なかなか商売になりにくい“売れ筋ではない”本を中心に仕入れることで、他の書店と棲み分けています。すなわち民間の書店では扱いにくい、人文、社会科学、芸術、世界、自然科学などの分野を中心に仕入れています。対して、漫画や雑誌は他店にお任せする。こうすることで、八戸市全体で本はなんでもそろうようにすることが理想です。これはオープンから一貫して続けている理念ですね。

――素晴らしいですね。「丸善」や「ジュンク堂」のような大型書店にしかない専門書が買える書店は、地方では画期的な存在ではないでしょうか。

音喜多:とはいえ、専門書だけ並べると偏りが出てくるので、そこに行きつく入口となるような本も並べています。当館は特定の分野の専門書店ではありません。知恵へのいざないという狙いで、分野は手広く扱い、新たな本との出会いの場を提供したいと考えています。スタッフは元書店員を中心に採用しているので、本に関する目利きはしっかりしていますよ。

ハンモックに乗ってじっくり本を選べるコーナーも。つい長居してしまいそうだ。

――地元出身の作家の棚が充実しているのも特徴ですね。地方出身の漫画家や小説家は、地元の書店がフェアを開き、平積みにしてくれることによって認知度が高まっていきます。私がこれまで取材した漫画家の中にも、「売れなかった時代に地元の本屋が応援してくれたのがありがたかった」と語る人がいました。

音喜多:八戸の行政として、地元を盛り上げていく意味でも地元出身の作家は積極的に仕入れていますし、特設のコーナーを作っています。ちなみに私は八戸市出身の作家では、呉勝浩さんが好きです。読み始めると止まらないミステリー小説で、直木賞候補にも3回なっていますが、当館でもイベントを開催しました。

八戸や南部藩など地元に関する本が充実している。

八戸市の書店の現状と今後の課題

――現在、市内には何件の書店がありますか。

音喜多:現在、八戸ブックセンターを入れて12店でしょうか。徐々に減ってきています。そこで、私たちは民間の書店と協力して、市内全体で本を売るように頑張っています。

――手描きのPOPと本を一緒に売る「木村書店」など、個性的な書店が残っていますよね。八戸はひょっとして読書人口が多いのかなと思いました。

音喜多:他の自治体と比較するのは難しいですが、本を読む人たちが多いのは事実でしょう。例えば、市民有志が行う読書会のサークルが20弱ほどあります。また、それらサークルをまとめる連合会は50年以上の歴史を持ちます。私たちはそうした団体と一緒になって企画をすることもありますね。

――オープンしてから、地元に経済効果はありましたでしょうか。

音喜多:全国の書店巡りを趣味にされている方もいるので、八戸の観光施設の一つになっています。他の自治体や地方議会からの視察も多いですね。

中心市街地に開かれた、明るく、洗練された空間が魅力。書店巡りを行う愛好家にとっても、一度は行ってみたい書店に挙げられるという。

――視察される自治体や議員は、八戸ブックセンターを見てどのような感想を抱かれるのでしょうか。

音喜多:どこの自治体でも、本が大事だという思いは共通しています。ただ、やはり図書館を何とかしたいという思いの方が大きいんですよね。運営の予算の問題や、前例が少ないこともあり、なかなか書店という形態の公共施設を開設するところまではいかない。そこが最大の壁ですね。自治体主体の書店はこのたび福井県敦賀市にも開館しましたが、もっともっとほかの地域にもできてほしいなと思います。

――今後、八戸ブックセンターが行いたいことはありますか。

音喜多:八戸市民でもまだ来たことがないという人がいますので、来館を促す企画や、楽しんでもらえるイベントを企画したいですね。もちろん、県内外のお客さんが八戸までわざわざ訪れたいと思えるようなキャッチーなイベントを、スタッフ一丸となって企画していきたいと思います。

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